No women No cry [1] [2]
僕が入学したばかりの高校一年生の当時、まだ我が校では修学旅行が再開されていなかった。
再開・・・。
そう再開である。

文字通り、しばらくの間、ウチの高校には修学旅行という行事が存在しなかったのである。
夕暮れの中の自由時間に隠れて吸う煙草の尊さや、土産物屋で木刀を買ってケンカを起こしちゃう友人とか、隣のクラスのバレー部員にどきんこちゃんで、そんなあなたにライオンハートと言った素晴らしきめくるめくる日々と無縁なのである。
落涙。

それにしてもなんと言う事であろうか、高校生活のメインイベントとも言える修学旅行が、10年近くも行われていない高校に僕が入学していたなんて。学校の入学要項にはどこにもそんなこと書いてなかったし、校長もそんな大事なことには一言も触れてはいなかった。

選択肢という世界観で考えるならば、もの凄い貧乏クジである。

そう、さかのぼること10年前、僕らの偉大なる大先輩達は、その修学旅行の最終日、酒でドンちゃん騒ぎした上、急性アルコール中毒で一人運ばれて、挙句の果てには、巡回していた教師が裸で抱き合っていた男女を13組も発見してしまったのだ。
誇りうる大先輩である。きっと街で見かけたら愛を込めてブン殴っていたに違いない。

それにしても13組ってところがいい。1クラスに1組以上の計算だ。

さすがにバイクやらバイトやらと非常に温厚に黙認していたPTA一同、職員一同もこれには黙っておらず、13組全員を無期停学にした上、今後、修学旅行は二度と実施しないと言うナチスみたいなお達しを発令したのである。

もちろん、可愛そうなのは彼ら以降の後輩である連中である。とばっちりを受けてるわけだから。彼女の出来ないある柔道部員は鼻息全開で俵の塊みたいな練習用のヒト型人形"けっぺる君"を破壊したと言うのだから、その怒りは推して知るべしである。

それから10年、どんな慈悲深い神様の気まぐれなのかしらないけれども突然と僕らの学年から修学旅行が復活したのだ。 ラッキー。棚からぼたもち。

今に始まった事ではないが、僕の人生はわりとツイている。

しかも温厚で見る目がある我が先生たちは修学旅行を、なんと生徒達に自主的に決めさせようというウルトラハニーな政策を取ったのだ。 先生大好き。
先生達はただ単に自分達で決めるのが面倒くさかっただけじゃないの?なんて儒教教育の風下にもおけない輩は、明日の晩にでも日の丸の国旗に包まれて多摩川のほとりを流れる事に違いない。

さて、ある晴れた水曜日の学級会議の時間、僕らの机の前にはカルビーポテトチップスの野球カードをを心持ち大きくしたようなわら半紙が配られ、物理を教えている担任は物々しく、こう言った。

「えー、あー。いまから配る紙に君たちが修学旅行で行きたい場所を書くように。中学生のときに行ったところでもいいし、その時に行けなかった所でもいい。
君たちが決めるだから君たちが行きたいトコを書け。自分の名前は書かなくていいから、好きな場所を書くように。」
「あ、ただし飛行機と外国はだめだぞ。電車かバスで行けるトコだけだ。分かったか?」

先生の声が届くかどうかの状態で僕らはザワザワと自分達が決定権を持っているという昂揚感いっぱいで、机の上にあるわら半紙を眩しそうにじっと見詰めた。

いまに到るこの洪水のようにせめぎあう毎日の生活の中で、僕らは過去の出来事を回想することもないまま、それぞれの世界を歩んでいる。
僕らは過去の世界に埋没することもなく、日々の忙しさをこなしながら、きちんと生きている。
素晴らしいことだ。
過去にとどまるのは寂しすぎる。大事なのは"過去と共に生きることだ" 。
そう、過去と共に・・。

実際には僕はその日の出来事を細部に到るまでどういうわけか記憶している。
教室の放つ温度がいまでも感じることができる。ただ不思議なことに、僕はその時の自分の気持ちがどうだったのか、今日に到るまで想い出せない。

しかし僕は用心深いロバのように先生の話をきちんと聞いていた。
その上で、目一杯に力を込めてその用紙に「ハワイ」と書いた。たぶん僕の中では正しい選択に思えたのだ。
ちなみに隣の相羽君をチラッとみると大きな字で「グアム」と書いていた。

当時から、僕らは戦前の大東亜帝国の思想や大英本部の軍師たちに多大な影響を受け、ハワイやグアムといった南方諸島の支配権を主張し、今の腐りきった腐敗政治を転覆しようと大志を抱いてたというのはウソで、あたりまえのことに両方とも電車では行けないし、どちらも日本国領土ではない。
ただなんとなくアリだなっと思っただけだろう。
何しろ祭りじゃないか。それぐらい大きくてもいいだろう。なあ?

先生は新聞配達の集金係みたいにソソクサと用紙を掻き集めると、順番に眺めながら独り言ともつかないような声で続けて言った。

「うん、京都、奈良ね、ほう青森もあるなぁ。あそこは魚が美味いんだよな。なるほどなるほど。意外にも、けっこうバラバラか」
「ん?なんだ、これは?」

先生の用紙をめくるスピードがピタリと止まった。

「ハワイ?グアム?」教室にドッと笑いが沸き起こる。

それにしてもなんで先生は"無記名"で書いたはずの用紙の特定が出来たのであろうか。
10年以上たった今でも謎である。一度聞いてみたいものだ。
「おい、相羽、小林、お前ら、これは却下だからな。」

僕らは互いに目を伏せ、照れて笑い合う。みんながまたドッと笑う。
窓から陽が差し込む暖かい教室の中で。


To be continue [2]