2005年04月07日

黄金週間

1998年のGW(ゴールデンウィーク)は、ネパールのカトマンドゥに居た。

4月に陸路でインドから入国し、ポカラにしばらく滞在した後、首都であるカトマンドゥに買い物を兼ねて遊びに行ったのだ。

70年代バックパッカー達の三大聖地は今も衰えることなく、数百年も昔から現存しているといっても不思議ではない建物ばかりで、眼前には世界の屋根であるヒマラヤが聳え立ち、コナン・ドイルの「失われた世界」さながらであった。

ただ、ダルバール広場から奥に進んだジョッチェン(チョークフリークストリート)は、かつてのヒッピーの溜まり場だったというが、いまではその栄光の影もなくトップの座をタメル地区に譲っていた。

刺繍を取り扱うショップも多く、チベタンレストラン、日本料理屋「味のシルクロード」、格安のゲストハウスもあるので、我々はそんな流行に右へ習えでタメル地区に拠点を構えた。

それにも加え、その頃の僕は自分のバックパックを背負うとしばしば眩暈を感じて、それほど多くの距離を移動できなかったのだ。

インドでいささか遊びすぎたせいか、僕の体重は40キロ台まで落ち込んでいて、食事をたくさん摂ることのできない身体になりつつあった。

ガンジス川でこじらせた風邪が下痢を併発してから、通常の食事が喉を通らなくなり、胃がどんどん小さくなっていくのが自分でも分かった。そろそろヤバいなとは思ったけれど、帰るつもりもないので、そのうち行くであろうタイで体力回復を狙った。

時々鏡を見ると自分の顔が土色になり、頬がどんどん細くなっていくので、幾分の恐怖は感じた。また体力が落ちて抵抗力がなくなっている旅行者が肝炎に掛かる例をいくつも見てきたので、水と衛生に気を配るようにした。

そして、その5月のある日、相変わらずぼんやりと街を散歩していると、その日だけやたらと日本人旅行者が多いことに僕は気が付いた。しかも団体旅行のようで、何人も纏まって道を占領していた。

あまりにもその数が多いので、僕はなんだろうと不思議に思って、毎日チャイを呑みに通っているカフェの店員に訊ねた。
「オハヨウ。ねえ、なんか今日はやけに日本人が多いね。なんかあったのかな」と。

彼女は僕に衛星版の昨日付けの新聞を渡すと、ニッコリと「あら、日本のゴールデンウィークでしょ」と別段取り立てる様子もなく答えた。

僕らは時々彼らのその学習能力の高さに驚くことがある。海の向こうの行くことも無い日本という国にゴールデンウィークという大型連休があって、多くの日本人が外国に旅行に出かけることを知っているのだ。
そういえば、ミレニアムに滞在していたバリではバリニーズが〝だんご3兄弟〟を口ずさんでいたもの。

ああ、そうか、ゴールデンウィークかと僕はまるで夢の世界のスケジュールを聞かされているかのように納得をした。日本に居ない以上、少なくともその慣習的な日本のシステムの影響を受けることはないので、気が付かなくても無理はない。なにしろ大学を卒業したとしても、就職活動もせずに、ブラブラと放浪しているのだから慢性大型連休なのである。

「もしヒマだったら、リックマンの店に行ってみたら?きっと面白いものが見れるわよ」彼女は続けて言った。

リックマンは23歳のネパリで、刺繍を扱う店で働いている。僕は買い物もしないのになんだか彼に気に入られて、よくコーラとかチャイを店先で奢ってもらった。

あんまり商売っけもないようで、いつも欠伸をしたり犬を撫でたりしている男だ。

彼女のその口調ぶりがなんか意味深でもあったので、そのまま散歩ついでに僕はリックマンの店まで足を伸ばした。

「よう。コウ。今日はやけに早いな。コーラでも飲むかい。」リックマンは相変わらずの笑顔で僕にコーラを勧めた。

「いや、いいよ。いましがたお茶してきたしね。ありがと」僕はそう言うと、チラッと店内を眺めてみた。

そこは、、、そこはネパールであってネパールでは無かった。神々の宿る国なんかじゃなかった。
開店したばかりのイトーヨーカ堂でしかなかった。

何人もの夥しい数の中年女性がガヤガヤとけたましい声を張り上げて、洋服を選ぶ修羅場だった。

リックマンはゲラゲラ笑いながら言った。
「どうだ。面白いだろ?」
「ああ、すげぇな。これ。」僕はその熱気に圧倒されて、ちょっと言葉にならなかった。

水を飲み干すたくさんのラクダの映像ををどこかで見たことがあるけど、それにそっくりの光景だった。

「でも、なんで?」彼だけの店が流行る理由が見当たらなかった。僕はリックマンに訊ねた。
「コレだよ。コレ」リックマンはツンツンと人差し指を上に向けるとその店の看板を指した。

日本のお客さま、大歓迎。いまだけ20パーセントオフ!

たったそれだけなのだ。たったそれだけの日本語の広告(しかもきっとそれだって何処かのバックパッカーが書いたのだろう)でお客様が集まっているのだ。

いまだけって文句がなんとも言えない。そこには不思議な引力があって、ゴールデンウィークという名の祝祭的な限定された連休と重なって魔力を帯びている。

鼻歌まじりで商品の説明をしているリックマンを見て僕はただただ賛嘆するのみで、やっぱり彼らの学習能力は驚異的だなと改めて敬服した。


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投稿者 ko : 2005年04月07日 16:20 | トラックバック(0)
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