2005年11月30日

鷺ノ宮「一兆」

鷺ノ宮駅北口徒歩1分にあるのが「一兆」。

2004年6月に開店早々、地元の人気店として名高く、坦々麺が有名なジャズの流れるこのラーメン屋のカウンターは、常に混んでいる。

味が悪いかわりに店主が愛想よくてもしょうがないし、味がよければいいだろと高圧的な店で食べても心寒い。

もっとも、味が悪くて高圧的な店主がいる店は正直救いようがないわけだが。

でもこの「一兆」は、味については文句のひとつもないし、非常に真面目な食に対してストイックな感じのある店主との会話もきちんと楽しめる。

聞けば「ウチのような店がどんどん出てきて新宿に出なくても鷺ノ宮で楽しめるように活性化したい」という。

実に気持ちのいい店だ。

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写真は特製坦々麺(780円)

坦々麺に海苔(80円)のトッピングを追加。

海苔の磯の香りと丁寧に漉してある白ゴマがナイスマッチング。

坦々麺のポイントに胡麻がどれだけ巧みに演出されているか、というのがあるけれど、その点からしてみれば、もう「一兆」はまさにエクセレントだ。

白胡麻(たぶん)がたっぷりと泳いでいて、自家製ラー油を使った、何種類もの野菜や魚介系、鶏から取ったコクのあるスープに見事に溶け込んでいる。

しかも柚子が散らしてあるので、風味が格別に他店とは異なる。穴あき蓮華でひき肉を啜り、スープを飲むと冬でもじっとりと汗が出る。

麺はモチモチ感たっぷりのちぢれ麺で、程よくスープに絡みついて、食べ応えがいい。

これだけのラーメン店が都心ではなく西武新宿線(急行が停車するとはいえ)沿いにあるのが驚きだ。

写真にはないけれど、1日20組限定のトロトロ特製杏仁豆腐もある。やはり早めになくなってしまうらしい。ラーメンのレベルの高さから伺って、こちらもかなり期待大。

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一兆
中野区鷺宮4-2-3 
11:00~1:30

特製担々麺 --\780
和風醤油ラー麺 --\570
白とんこつラー麺 --\680
赤とんこつラー麺 --\780

===
※2006年8月23日追記
店長変わったので、当時の旺盛がなくなり、味もイマイチになってしまった。残念。

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2005年11月29日

カメラ覚書

寺山修司生誕70年。

寺山修司+森山大道『あゝ、荒野』展を渋谷パルコにて開催

寺山+森山がいざなう「60年代新宿荒野図」の世界へ、タイムスリップ!

神経がピリピリと震えそうだ。


詳細

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2005年11月28日

ビフォア・サンセット

ビフォア・サンセット【2004年 アメリカ】

監督:
リチャード・リンクレイター(Richard Linklater)

キャスト:
ジェシー --イーサン・ホーク(Ethan Hawke)
セリーヌ --ジュリー・デルピー(Julie Delpy)


あれから9年・・・、「ビフォア・サンライズ」で恋をしたあの2人を、リンクレイター監督が描く上質なラブロマンス。

主演は同じくイーサン・ホークとジュリー・デルピー。

あの偶然にも出会った日から9年、ジェシーは再びウィーンを訪れた。一人の作家として。

セリーヌと過ごしたあの夜のことを想いを込めて綴ったのだ。

書店のメディア向けのサイン会で、「この小説に描かれているフランス女性は実在するのですか?」という問いかけに「ここはフランスだから〝イエス〟ということにしておきましょう」と答えるジェシー。

その瞬間、視界に入ったのはセリーヌだった。

あの別れの日に「半年後に再会しよう」と約束をして会えなかったセリーヌとまた再会する。

空港までの短い時間を、9年間の空白を埋めるように話し合う2人。

そして何故、あの約束で会えなかったのかも。しかし、ジェシーの出発は夕刻。

9年間を埋めるには、僅か85分間ではあまりにも短かすぎる。

時が経っただけに、恋愛をするのにも、情熱だけではなく駆け引きをするジェシーとセリーヌ。でも本当は好きなのに好きだといえない。9年の月日が流れて、何が変わって、何が変わらなかったのか。

2人の会話が時間すら忘れさせる作品。

リンクレイターらしい印象的なラスト。貴方ならどう想像する?

Baby,you're gonna miss the plane.

愛しさ度★★★★★

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2005年11月25日

ビフォア・サンライズ

ビフォア・サンライズ【1995年 アメリカ】

監督:
リチャード・リンクレイター(Richard Linklater)

キャスト:
ジェシー --イーサン・ホーク(Ethan Hawke)
セリーヌ --ジュリー・デルピー(Julie Delpy)


第45回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞作品、若手一押し監督のリチャード・リンクレイターが作るラブロマンス。

ヨーロッパを旅行中のジェシーは、明日の朝9時の便でアメリカに帰る予定。
列車の中で言い争いをするドイツ人の熟年夫婦を避けて、席を移動するフランスに帰る途中のセリーヌ。

偶然に向かい側に座ったこの2人は目が合い、なんとなく会話を始める。

旅行者同士の互いの話をするうちに、まるで旧知の仲のように意気投合する2人は列車の中で離れ離れになるのは惜しいと感じ、ジェシーは思い切って、セリーヌともっと話したいと告白する。

彼の提案で、明日の朝までウィーンの街を歩くことにする。。。

会話中心の映画で、これは本当に台本があるの?と思うぐらい自然なドキドキする言葉が続く。

本当に出会ったばかりの ─でも、まだお互いに惹かれているんだけれど付き合うまでに到ってない─ デートのようだ。

ウィーンの街並みを歩くシーンが多く、時折、非常に良いアクセントで名脇役達が登場する。

占い師、街外れの詩人・・・。彼らの登場で、より一層2人が引き立てられる。

出会い始めた男女だけにキャストを絞ったリンクレイターはさすが。

ジェシーが明日の便で帰国するのが分かっていて、しかも出会ってすぐなのに徐々に彼に惹かれるセリーヌの姿と、セリーヌにまさに一目ぼれしてまるで初デートをする少年のようなジェシー(イーサン・ホークは、実にこういう演技が上手い)を見ていると、まるで本当に自分が恋をしたかのように思ってしまう。

ウィーンにあるレコード屋の狭い視聴室で、視聴しつつ、お互いをものすごく意識してチラッと何回も見てしまうあたりが最高。

恋人達の予感。

でもなんといっても、この映画の切なさは、偶然に出会った男女が明日の朝までの限られた時間までしか居られないというところにあるのだろう。その出会いが決して勢いだけではなく、何かしらの運命的な出会いの始まりであり、でも明日までと知っている。そんな刹那的な恋だ。

そして、物語は、9年後の「ビフォア・サンセット」に続く。

ちなみにこの映画、同監督の「ウェイキングライフ」のとあるシーンと見事にパラレル的にリンクしている。
もし「ビフォア・サンライズ」と「ビフォア・サンセット」の両作品が好きな方は同じくリンクレイター監督が手がけたこちらも観るべし。

イーサンホークとジュリー・デルピーが、まるで「ビフォア・サンライズ」後のような会話と設定で出演している。

ドキドキ度★★★★★

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2005年11月24日

田原町「純喫茶みち」

「純喫茶」と聞いて、どんな場所なのかと描く姿は世代によって違うという。

まだ街に純喫茶があったころ・・・、なんて出だしでスタートすると、なんだか昭和的な甘酸っぱいレモンスカッシュが似合う光景を想像してしまう。

多くの昭和的産物がそうであったように、純喫茶も時代の波に上手く乗れずに激減の線を辿っているのは、その見つけ難さからも伺えるし、落ち着ける喫茶店が好きな身としては残念な気持ちにもなる。

それでもなぜかしらそんなノスタルジックな店が密集しているのが浅草。

そして、その浅草の田原町にあるのがこちら「純喫茶みち」だ。

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擦り切れたカーペットに茶がね色の壁と古典的な装飾のあるワイン色のソファ。

いつの開店なのかはしらないが、当初は相当なハイセンスだったことだろう。

ゴシックな調度品もうまく店に溶け込んでいる。ついつい長居がしたくなる店だ。

ひっそりとした店内に流れる音楽と、なぜかアンバランスな存在の液晶モニターのテレビ。珈琲は一杯300円。

お気に入りの小説を脇に挟んで。

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純喫茶みち
台東区西浅草1-7-18
8:00~23:00
無休

珈琲 --\300

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2005年11月23日

日本のチルドレンたち

小泉チルドレンと呼ばれて、虎の威を借りる猫がチョロチョロと跋扈する平成17年の暮れ。

さて、チルドレンというからには、親のDNAは1セットずつ子に伝達され、DNA情報として発現するのだろうか。

そのDNA情報は親=小泉の政治力なのか?

チルドレンというのであれば、子供らしくぜひ親に反抗して育って欲しいものだ。

脛をかじるのだけは勘弁してくれ。

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2005年11月22日

新宿「上海小吃」

新宿の歌舞伎町にあるコマ劇場を抜けて大久保方面に向かう途中、風林会館あたりは実に怪しげなネオンと看板で埋め尽くされていて、そのいかがわしさとドギツイ香水やら罵声やらで思わず血が騒ぐことになる。

入会金無料1時間800円というテレクラの呼び声、抜け目の無いキャッチの勧誘、堂々と〝バイアグラあります〟と掲げられた電光掲示板と、日本最大のホストクラブの看板。

その通りを風林会館の方向に向けて数分歩くと、左側に香港の貧民窟と間違うぐらいの暗くてジメジメした細い路地があり、独特の香菜の匂いに混じって、怒鳴り散らす中国語が聴こえてくる。「上海小吃」だ。
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この店に辿りつく道すじと店の在り処だけで、1つの映画や小説が作れそうな雰囲気である。

夕方18時からの営業で早くも在歌舞伎町や出勤前の夜の連中で埋め尽くされる人気店。

カエルやウサギといった食材がごく普通に置いてある中華料理の店でもある。

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こちらはウサギの炒め物(1200円)。

小骨がたくさんあるわりとアッサリしたウサギは、どこの肉の部分か想像できないほど、味付けがしてあって、煮込んだり炒めたりしてある。

小骨を上手く避けながら肉にかぶりつくと鶏肉のような味がする。八角の香りがプンプンと漂う一品。

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カエルの唐揚げ(1800円)。

カエルの唐揚も少し小骨があるけれど、やはり鶏肉のような味がする。

沼や河原の生物と想像できないくらい上品な味。シンプルに塩胡椒で食べるのが宜しい。

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空心菜の炒め物(1000円)。

定番中の定番料理の空心菜の炒め物。 ニンニクを散らし強火で炒めた空心菜。牡蠣油がジュッと染み込んでいて鷹の爪がアクセントとなる。シャッキリな茎の部分とシナシナの葉っぱの部分が絶妙のハーモニー。

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豆腐のサラダ。

細切り豆腐の塩味。モニョモニョの不思議な食感と単純だけれど奥深い塩味コンビネーション。中華料理の懐の凄さをまじまじと感じる一品。

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冬瓜スープ(1200円)。

鶏がらベースの冬瓜スープは芯から身体が温まる。

冬瓜のみずみずしい南国のフルーツのような食感を堪能しつつ、コクのあるスープを啜る。
思わず言葉を失うほど。

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上海風揚げもち(600円)。

春雨と同じ材料のモチモチしたデザート。

黄金色の揚げもちは、甘いこってりとしたフレンチトーストに近い柔らかい味で、どこか西洋の雰囲気もある。


明け方に近づくほど(なにせ朝の5時まで営業!)、ここが何処だかわからない顔ぶれがテーブルに揃うという。ディープな新宿を堪能したい人は終電が無くなった時間以降に行くと面白いかも。
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上海小吃(シャンハイシャオツゥー)
新宿区歌舞伎町1-3-10
平日18:00~5:00
日・祝日18:00~2:00

HP

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2005年11月21日

恵比寿「ぶた家」

JR恵比寿駅の西口から徒歩数分にある「ぶた家」。

山形県鳥海山の麓にある関根ファームで育った厳選の「わんぱくポーク」と「ハーブを食べた佐藤の豚」の2種類を使用している豚料理専門店。

その絶対的な店の自信からもあるように、数々の豚料理は他の追随を許さないぐらいジューシーでとろけるような柔らかさがあり、肉全体に甘みを感じられるほどでもある。

夜は串焼きのメニューが多いことから、豚肉に合うお酒、またお酒に合う豚肉が相互に饗宴し、ランチはドンブリものからパンまで幅広く極上の食材を提供している。

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こちらはコロッケ(150円)

カリカリに揚がった黄金色のコロッケに箸を入れると何の抵抗もなく、サクッと箸が沈む。

中から覗くのは肉汁たっぷりの挽肉とジャガイモとたまねぎ。ソースを掛けても掛けなくても十分すぎるぐらいで、おかずが無くてもこのコロッケ一つあればコトが足りるというのは決して大袈裟じゃないはず。

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メンチカツバーガー(280円)

しっかりと茶色に焼きあがったバンズに挟まれているのはメンチカツとキャベツとマヨネーズ。

エッフェル塔のようなバーガーを上から押さえてアングリと食べると、メンチから肉汁が滴るぐらいジューシー。

バンズに肉汁を吸い込ませて食べるメンチカツバーガーはこの上ない最強の味。

キャベツと挽肉がキツネ色の小麦粉と混じり、うっとりと目が細くなる。


恵比寿「ぶた家」
渋谷区恵比寿西1-13-2 サンキビル2F

平日:
ランチタイム:11:30~14:00
ナイトタイム:18:00~23:30
土曜:
ランチタイム:11:30~14:00
ナイトタイム:18:00~23:30
日曜祝日:
18:00~22:30

ガツ刺し --\450
酢もつ --\430
バラ肉とたまねぎの串焼き --\250
サガリ串焼き(数量限定) --\300
カブリ串焼き(数量限定) --\300
バラ炭火焼き --\750
ロース炭火焼き --\850
自家製ソーセージ炭火焼き --\450

ランチメニュー:
くろどん --\850
しろどん --\950
コロッケセット --\850
ぶためし --\850
メンチカツパン --\280
コロッケ --\150

HP

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2005年11月18日

新宿「カフェ ハイチ」

実は都内に幾つか店舗のある「カフェ ハイチ」。

新宿ALTA地下で永らく営業していた店舗はどうやら閉店したようだ。四谷三丁目にもあり、こちらは意外と穴場で、ちょっと都心とは思えない鬱蒼とした雰囲気が良い。

また、新宿サブナード地下街にも店舗があって、どの店とも同じように陽気なカリブ海の音楽が流れている。

ハイチについて、ちょっと触れると、ハイチ共和国は中央アメリカ西インド諸島にある国で世界に2番目に貧しい国とも言われている。

正式名称は〝レピュブリク・ダイティ〟、通称〝ハイチ〟だ。

ハイチは、先住民の言葉で、「山ばかりの土地」を意味する。

フランスの植民地時代を経験しているため、ハイチの料理はフランス料理の要素と、カリブ海の料理の要素が融合している不思議なオリエンタルテイスト、である。

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写真はドライカレー。

挽肉をスパイスで煮込んで炒めたドライカレーは、この店で一番有名で、プレート状の白米の上にどっさりとカレーが乗っているというモノ。

福神漬けに少々驚かされるけれど、これが意外と合うから面白い。

味はアッサリとしたドライカレーでそれほどスパイスが強くない。味の染みている挽肉と真っ白なご飯を一緒に食べるとバランスが取れる。噛むと不思議な味がする。

辛いような辛くないような・・・。どちらかというとショッパイような。

で、気がつくと病み付きになって、忘れた頃に突然と食べたくなるカレーがここのカレーだ。

食後に出されるハイチコーヒーは、すべてハイチのコーヒー豆を使い、現地の農園からの直輸入するこだわり。

キックの効いた酸味が少なく、苦味のあるハイチ豆は、ドライカレーを食べた後にもってこい。

ラム酒を垂らすのがハイチ流で、コーヒーと同時にラム酒の瓶がテーブルに置かれる。お好みでラムの風味と豆の香ばしさを。
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カフェハイチ
新宿区歌舞伎町1 サブナード地下街
10:00~23:00(L.O.21:00)

ハイチ風ドライカレー --\893
(サラダ、コーヒーつき)

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2005年11月17日

Aphorism [老子]

優しい言葉をかければ、信頼が生まれる。
相手の身になって考えれば、結びつきが生まれる。
相手の身になって与えれば、愛が芽生える。


老子(中国の思想家)

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2005年11月16日

ALWAYS三丁目の夕日

ALWAYS三丁目の夕日【2005年 日本】

監督:
山崎貴

原作:
西岸良平

キャスト:
茶川竜之介 --吉岡秀隆
古川淳之介 --須賀健太
石崎ヒロミ --小雪
鈴木則文 --堤真一
鈴木トモエ --薬師丸ひろ子
鈴木一平 --小清水一揮
星野六子 --堀北真希


「ビッグコミックオリジナル」で今も連載を続けている、昭和49年に始まった西岸良平のベストセラー漫画「三丁目の夕日」の映画版「ALWAYS 三丁目の夕日」。

やさしいタッチで昭和30年代の頃を描いた同作品は、熱狂的なファンが多く、恐らくはその殆どが『この原作を映画に描ききれるわけがないじゃないか』と毒づき、逆にいえばそれほど西岸氏に敬意を払ったわけだけれど、ある意味、映像化がもっとも困難であると言わしめたこの作品を、「ジュブナイル」「リターナー」でVFX(Visual Effects、視覚効果)という言葉を日本でメジャーにした山崎貴が監督を担当し、見事に成功させた。

昭和33年。

高度経済成長期を迎えようとする熱気を孕んだ東京では、建設中の東京タワーが着々とその高さを天に向けて伸ばしていた。そのタワーがよく臨める東京の下町で繰り広げられる個性豊かな住民の生活。

口が悪いけれど、ほんとは優しい鈴木オートの主人とその家族の元にやってきたのは東北から集団就職で上京してきた六子。

六子が家族に加わったことでさらに元気で予断のないドタバタほのぼのした毎日を送る鈴木家。

その鈴木オートの向かいがわに住むのが通称〝文学〟の茶川竜之介。毎月凝りもせずに文学賞に作品を送るもの、ことごとく落選する失望の毎日。竜之介は駄菓子屋を営んでいる。

その駄菓子屋に身寄りのない少年の淳之介がやってきて・・・。

昭和30年代というと、西暦で換算すると1955~65年である。

映画「スタンド・バイ・ミー」や「アメリカングラフィティ」などベトナム戦争前の古き良きアメリカンフィフティーズ、シックスティーズの時代だ。

アメリカのハリウッドにも同じような懐古主義的な題材の映画があるのが興味深い。

多くのアメリカ人がベトナム戦争で傷つき失望したという側面を考えると、そのバック トゥ フィフティーズ、シックスティーズにも頷ける部分があるけれど、終戦時代の世に蔓延する失望感、そしてその後の大変貌に比べるとアメリカのそれは生半可にしかすぎない、というのが僕の考えだ。

日本の50年代60年代に共通するメッセージは、未来に向けての大きな希望だ。アメリカのそれは古き良き時代にしか過ぎない。

こういった断定は危険だけれど、未来に向けての希望を抱いた米国民はキング牧師の台頭によって勇気を持った黒人達だけではないだろうか。いずれにせよ、同時代的な考察からでは、日米では、そのポテンシャルが異なる気がする。

さて、その当時を描いた「ALWAYS三丁目の夕日」、日本では、東京タワーが建設中で経済成長を夢見て庶民が懸命に頑張っている。街角では人が溢れ、隣近所と時には喧嘩して時には協力して過ごす日々。

CGとは思えないほどリアルな臨場感のある昭和30年代の光景がスクリーンに映し出されて、そのあまりにも忠実な再現シーンだけで涙を流したという観客が居るのも頷ける。本当に当時の街並みの光景なのだ。

淳之介と竜之介が徐々に本当の親子のように仲良くなっていく姿に涙が出るし、六子を迎える鈴木オートの家族の思いやりに感動する。後半部分は出演者のそれぞれの惜別シーンや感情の昂ぶりがスクリーンから伝わって、ひたすら泣き通しだ。ただの懐かしさで済む映画ではないのは確かである。

きっと我々は、その当時に当たり前に手に入れられたものを、今、手に入れる為には、途方もない労力や、それなりの代価・代償を払わなくてはならないのだろう。

どこの街角でも転がっていた人情にそして懐の深さのような器量、街が一体となる包容力を見つけるのには困難な時代であるようだ。

あるいは当時は誰もが望んでも手に入らなかったモノが今では少しの努力さえすればたやすく入手できるのかもしれない。

それはソフトな面である〝目に見えないなにか〟であるし、〝目に見えるなにか〟であるハードな面だ。

もちろんこの話の結びにはどちらが正しくてどちらが正しくないという二極論的な結末を迎えることはない。

そういったステレオタイプの結論に深みがないし、危険すら付き纏おう。

この映画の根底に流れる一連のテーマを、恐らくは観客の多くが羨ましく感じたという点が重要だし、そしてそれは薄々は気がついているのだけれども(でも決して口には出来ない)もう本当に何処に行けども見つからないという寂寥感を掴むことが重要なのだ。

それでもこの作品を観終えた後は何故かしら温かい気持ちになる。映画を観終えた後、映画館から外に出た灯り溢れる21世紀の都会の風景が酷く残酷に映った。

「となりのトトロ」のように普遍的な作品として昇華している。DVD化された暁には高頻度で観賞することとなるだろう。

感動度★★★★★

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2005年11月15日

新宿「但馬屋珈琲店」

新宿駅東口の狭いガード下をくぐると、まるでタイムスリップしたかのような、旧時代の遺跡ともとれるサングラス屋やペットショップが路地の坂道に所狭しと肩を寄せ合い、古い記憶のように留まっているエリアがある。

思い出横丁、通称〝ションベン横丁〟である。

高層ビル街にひっそりと佇むその姿は、松の根本に生える苔のようであり、時代にしがみつく光景はなかなかの見モノだ。

焼き鳥やモツの煮込み、ウナギの蒲焼の煙が漂うこの思い出横丁の入り口で、位相が異なるかのごとく静謐な趣きで長らく営業しているのが「但馬珈琲店」。

古い洋館かとも思える店内は、白塗りの壁と板張りの床で統一されていて、カウンターでは黙々と店員がネルを使って珈琲を淹れている。

店の入り口に足を踏み入れただけで、きっとその芳醇な焙煎豆の香りが鼻腔をくすぐるだろう。
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新宿では珍しく、店内では携帯電話禁止となっており、客席は2階もあるので意外とスペースがある。

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珈琲は一杯620円から。

この値段が高いのか安いのかはその人次第。

店内に静かに流れるジャズに耳を傾けて、粗挽きの豆の香りを愉しみ、ゆったりと新宿の喧騒を離れてカップを傾けるのに相応しい。ひとりか、気心の知れた友人と。
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但馬屋珈琲店
東京都新宿区西新宿1-2-6
10:00~23:00

深炒焙煎オリジナルブレンド --\620

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2005年11月14日

バーニーズN.Yのコラボカフェ

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バーニーズニューヨーク新宿店の15周年を記念して、新宿アルタ横のケヤキのあるMOA街にイルピノーロとのコラボレーションカフェが実験的に期間限定でオープン。


平日や休日のブラっと散歩をした寄り道に一服するのにちょうどいい。日曜日でもそれほど混んでいないし、ゆったりとお茶をすることができる。社会実験プロジェクトの一環だとか。

もし11月とも思えない暖かな太陽が照っていたら思い切ってマンゴージェラートを食べてみよう。

営業時間12:00-20:00
10/29 Sat~


NY

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2005年11月11日

東京での再会

今日のランチは久しぶりに会社の外に出て、食べた。

エリック氏と、九州から某業務の関係で東京に来ていらっしゃるshige-matsu女史と3人で、会社前にある居酒屋に行った。

居酒屋といっても、まさか久しぶりにメシを食べるからといって酒をかっくらうわけではなく、ランチをやっている居酒屋という理由からである。

僕とエリック氏は、時を同じくして北九州のある業務の立ち上げで半年程度一緒に仕事をしていたことがあり(つっても当時のエリック氏は、ちっちゃなころから悪ガキで触る者みな傷つける不良でしたので面識がなかった)、なにかと九州の方々にはお世話になったので、恩返しでもある。

そんなことを鶏肉唐揚定食を突付きながら、チラッと話すとshige-matsu女史は、「そんなことないですよ~、支援していただたのはこちら(九州)じゃないですか~」みたいなニュアンスのことを言ってくれた。

ちょっと嬉しかったのと同時に、その当時に僕が思ったことが蘇った。

それは単純なあるひとつの、少なくとも僕にとってひとつの真理なのだけど、「教えるということは同時に学ぶということ」だ。

業務の新規立ち上げもあったことから、僕ら東京の人間はなにかと研修やらフォローなどに明け暮れていた。

そしてそういったノウハウや経験則から九州の方々に情報の落とし込みをしているとき、僕は教えると同時にたくさんのことをみんなから学んだ。

それは、とっても謙虚な気持ちで ─まるでスポンジで水を吸い取るように─ どんどんと僕の糧となっていった。

だからこそ、何かのカタチで恩返しがしたいと長年思っていた。

ひとつの夢が叶った。

当時の方々で、どれだけの人がこのページを見ていただいているのか僕には分からないけれど、東京でお会いすることがありましたら、お食事でもできればと思う。 僕なりの恩返しがしたい。

と、いいつつ今日の奢りがエリック氏からというのはナイショ。
次回は僕が奢るから >エリック

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2005年11月10日

カオサンの夜(2)

ざっけな街角のオヤツはまだまだある。

カオサンの真ん中にある〝カオサンでは〟上等クラスのホテル、D&Dの付近によく出没するのが、10Bのパッタイの屋台とバナナパンケーキの屋台だ。

パッタイというのは、お米の麺を炒めたタイの焼そばで、ニラや厚あげ、もやしや卵が具に入っている。

砕いたピーナッツが上に散らしてあるのが正統的だという。

アツアツの麺にシャキシャキしたニラとモヤシが新鮮な食感で日本の焼そばに近い。

お好みでナンプラー(魚醤)を振りかける。

このパッタイが10B(30円)で、しかも山盛りに食べられる屋台がこの辺りによく出没している。

3日もカオサンに滞在すれば、片手に氷で冷やしたシンハービールを持ちつつ、器用に麺を啜る姿が板についてくるってものだ。

西欧人を意識してなのか、屋台の看板には慣れない手つきで「vegetable only!」なんてペンキで書きなぐってあったりする。

バナナパンケーキは、クレープのようなオヤツで、バナナを練りこんだパンケーキ生地を鉄板でふんわりと焼き上げて、ココナッツミルクかコンデンスミルクを垂らした甘いお菓子である。

出来たてのそれは、アツアツでしかもサックリと香ばしい甘い匂いを放ち、亜熱帯のタイに相応しいバナナの味が立ち込める、しばし旅の疲れも忘れる味であった。

こちらも10B。

一度ハマると、バナナパンケーキ屋の前を買わずに通り過ぎることが出来ないほどの、中毒性があり、旅人の心を魅了するものであった。

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2005年11月09日

カオサンの夜

カオサンロードにはバックパッカー達ご用達の有名無名の屋台や格安レストランがゴロゴロしていて、そのうちの何店かはカオサンの顔ともいえる名店である。

その通りの端にあるセブンイレブンの前に、夜中から朝方だけにかけて営業する粥屋があって、この店の粥は絶品だった。

サラサラしたスープの雑炊(タイ語でカオトン)ではなく、ねっとりとトロトロに煮込んで米がとろけているお粥の屋台だ。

お粥はタイ語でジョークとたしか発音する。

カオサンに潜んでいる貧乏なバックパッカーは勿論のこと、タイ人もオート三輪タクシー(トゥクトゥク)に乗って、わざわざ訪れるほどの好評ぶりであった。

よく煮込んである薫り高いタイ米に、コクのある味付けがしてあり、刻んだ葱や生姜、香菜が浮かんでいて、卵が落としてある。

すっと蓮華を入れると、豚の臓物や鶏の臓物が匙の先にあたり、思わず顔がほころぶ。

そして、臓物と刻んだ生姜の相性が絶妙で、噛むと滋味と青臭さが拡がる。

なかなか他では食べられない味だ。

1杯20B(60円)。

亜熱帯の常夏の国でじっとりと汗をかきつつ深夜に食べるお粥というのは、意外と懐かしい味であり、ナイトライフをエンジョイした帰りに啜る一杯は、胃に優しい、故郷の味に近いものがあった。

特にRCAやスクンビットで踊って呑んだ、アルコールが抜けるか抜けないかの状態で食べるのが、なんと言ってもナンバーワンで、僕らも例外ではなく、バンコックで遊んだ毎夜、ゲストハウスがランブトリーstにあるにも関わらず、わざわざ手前のセブンイレブンでトゥクトゥクから降りて、この粥屋を目指したものだった。

あの店は、まだあるのだろうか。

半袖と短パンにボロボロのゴム草履をひっさげ彷徨う深夜のバックパッカーを迎えて、温かい粥の一杯を提供していて欲しいものである。

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2005年11月08日

ホワイル・ジ・アース・スリープス

ホワイル・ジ・アース・スリープス
(ピーターガブリエル&ディープ・フォレスト)

ジュリエット・ルイスのエッチなキワどいシーンが話題を呼んだり、1990年代を覆っていた終末思想にマッチングした良くも悪くも時代を映し出した近未来映画「ストレンジ・デイズ」のエンディングに流れていたのが、この「ホワイル・ジ・アース・スリープス」。

ピーター・ガブリエル&ディープ・フォレストという異色の組み合わせにも関わらず、ロックともアンビエントともテクノとも言える非常に完成度の高い楽曲に仕上がっている。

ディープ・フォレストの得意とする電子化された民族音楽のテイストに、ピーター・ガブリエルのまるで神聖な何かに手合わせるような歌声が漂う一曲。

ミレニアムを舞台とした映画から5年ほど経ち、かれこれ10年以上前の曲だけれど、いまだに色褪せないし、まるで焚き火の前で夜を迎える部族の如き熱い昂揚すらある。

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2005年11月07日

ジャズライブ

先週末の金曜日は、急遽、渋谷にあるセルリアンタワー東急ホテルの2FにあるLIVE JAZZ AND DINING CLUB「JZ Brat」で行なわれた「KANKAWA&つのだ☆ひろ」のジャズを観に行った。

去る2月8日に79歳で亡くなったジャズ・オルガンの王様ジミー・スミスに師事し、NY市長から表彰も戴いたというKANKAWA氏のお弟子さんと同じ勤め先の友人(ややこしいな)よりお誘いを受け、行った次第である。

セルリアンタワーでの演奏なので、ドレスコードとか厳しいのかな、なんてちょっと心配したけれど(当日といえば僕はジーンズにコロンビアのワークブーツ、そして紺のパーカーというラフで、どちらかというとあんまりジャズの演奏を聴きに行くような格好をしていなかった)、その友人より『全然、ダイジョウブだよー』と太鼓判を押してもらったのにすっかり安心して、大袈裟な表現をしてみれば小躍りして向かったのだ。

何しろお弟子さん経由ということでタダのチケットだったし、ジャズのライブなんて久しぶりだからである。

「JZ Brat」は、案の定、品の良い大人達の集まる入り口からエスコートのあるバーのようなダイニングクラブで、「つのだ☆ひろ」は19時半からの演奏だった。

しっとりとしたすわり心地の良い席に案内された小腹の空いている我々は、早速と、飲み物と食べ物の注文。周りを伺うとけっこう40代ぐらいの年齢層が多く、みなそれぞれ静かに談笑している。まろやかな雰囲気である。

ハイネケンの生ビールとチョリソとチリビーズの和え物、マルガリータピッツァを頼む。

白いきっちりと気泡の詰まったハイネケンで乾杯し、チリビーンズを絡めてピリ辛のチョリソを戴く。チョリソとチリビーズの和え物は飽きのこないツマミで、簡単に作れそうだ。しかもビールに程よく合う。

ピッツァも薄焼きの生地でチーズが濃厚。大満足。

2杯目にクエルボで割ったテキーラソーダを頼んだあたりから演奏が始まった。

1時間ばかりの演奏でひときわ良かったのは、つのだ☆ひろがドラムを叩きながら歌う「Georgia On My Mind」。言うまでもなくレイチャールズのヒットナンバーのひとつである。

僕は日本人だから、ジャズやブルースのバックグラウンドにある黒人のルーツや迫害の歴史を肌で感じることがないので、ピント外れかもしれないけれど、それでも「♪Georgia, Georgia, the whole day through Just an old sweet song keeps Georgia on my mind(ジョージア、ジョージア、懐かしき甘き調べとともに、心に浮かぶジョージアのおもかげを私は一日中追っている)」という歌詞とその物悲しい曲に、故郷を離れて、なお故郷を想う気持ちを汲み取ることができた。

2つ離れた席に座っている妙齢の黒人ミュージシャンが、一緒に歌っていただけに。

例のハリケーンでニューオリンズは壊滅状態になったし、もしかしたら遠く離れた日本で聴くレイチャールズは彼らの心に染みるのかもしれない。

映画「RAY」もDVDでリリースされているので、秋の夜更けに観てみよう。


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さて、残念なお知らせだけれど、2年連続して今年も「はらっぱ祭り」の開催は難しいとのこと。

おととしのある事件、というか運営側と運営を許可する側の相互不一致がきっかけとなっていまだ開催にむけて理解が得られないというから悲しい。

「はらっぱ祭り」は武蔵野公園の ─公園というよりは巨大な野営場─ くじら山近くで20年近く開催されているお祭りで、ヒッピー色の強いイベントとして名高く、ジャンベや民族楽器のライブやサイケバンドの演奏、オーガニックやエスニックの屋台に、Tシャツや革製品などのフリーマーケットがごちゃごちゃと熱気を醸し出している貴重なお祭り。

僕は5年前にこのイベントを知って、トランスの野外パーティでは見ない緩~い雰囲気が気に入って、それからちょくちょく時期になると訪れていた。

店を出している人たちはみんな普段は何処に居るんだろうっていう70年代ヒッピーのような、耳に木製のピアスをくっつけたりパンタロンを穿いたり腰まで髪の毛を伸ばしたり見応えのある人たちばかりだけど、店先に並ぶお酒や食べ物もピカイチに美味しいし、みなシャンティな人たちなので飽きることはなかった。出店している人は公園にテントを出して寝泊りができるので、さながら即席コミューンのようで快適な感じで、それぞれ好き勝手にくつろいでいる。

くじら山に登って、あったかい梅焼酎でも啜りつつ、秋の空を眺める「はらっぱ祭り」は本当に格別なのに残念。

来年こそは期待したい。

しかもなぜかしら「はらっぱ祭り」では旧知の知り合いに遭遇することが多く、それもまた愉しみのひとつでもあるのだ。

バラバラになって、仕事や出没するところ変われど、このお祭りには集まるんだなぁと感慨もある。

こちらは「Photo Log」に掲載の「はらっぱ祭り」の写真。

>>Photo001
>>Photo002
>>Photo003
>>Photo004

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2005年11月04日

四谷「こびんちょ」※閉店

※2006年閉店。

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のどごしで食べるのが香川流、というほど香川県の人はうどんにこだわりを持つという。

東京でも数年前から讃岐うどんのブームが来て、手軽に讃岐うどんが食べられるようになった。

それでも香川人に言わせると『まだまだだねぇ』ということになるそうだ。

四谷にある「こびんちょ」の店主は香川で20年暮らし育った香川人。香川人として旨いと感じるうどんを出したいということから東京用に味を変えることなく、粉やあげや葱、魚を現地から直送して作っている。

夕方18時から朝の4時まで営業しているので、ちょっと呑んだ帰りにうどんをすするのもいいものだ。

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店内のカウンターからみえる常にグツグツと湯気を立てている釜。ここで注文されたうどんが次々と茹でられる。

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写真は釜揚げうどん(730円)

つるつるとコシのある少し甘めの真っ白なうどんは〝素〟のまま食べても十分イケる。魚系の辛口のつけ汁も良い。生姜とわけぎが入れ放題なので、お好みで。

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こちらはぶっかけ(730円)

大根おろしの清冽なすがすがしさに、酢橘の柑橘系がさらに爽やかさを醸し出す。こちらも魚系のダシの効いた汁でたぐる。呑んだ後にちょうどいい。

うどんとしては少し高めだけれど、四谷でしかも明け方の4時まで営業しているから、呑んだ後に少しうどんでも・・・というときにピッタシ。ぜひ。
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こびんちょ
東京都新宿区荒木町21-24
日曜定休
18:00~4:00

ぶっかけ(冷 温) --\730
釜揚げうどん --\730

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2005年11月02日

森の兄妹 底のない町

・楳図かずお 完全復刻版「森の兄妹」「底のない町」

「森の兄妹」「底のない町」

今年50周年を迎える氏の記念すべきデビュー作品の2作。

描いたのは14歳のときだという。

小学館クリエイティブからの完全復刻で、マンガマニアでも、オリジナルはなかなか見つけられなかったという貴重本。

それがamazonで3780円。

これは絶対お買い得。

楳図かずおといえば『ぐわし!』というぐらいギャグマンガの金字塔「まことちゃん」を描いた作者ではあるが、それと同時に「へび女」とか「恐怖」とかのホラー作品、それに「神の左手悪魔の右手」とかの(ホラーじゃないけど・・・。なんだろ、これは)作品と幅広く良質の漫画を描きつづけているパワーのある漫画家だ。

ちなみに「へび女」「恐怖」シリーズでトラウマを植え付けられた諸氏も多いだろう。

僕はまさにそのタイプで、小学生低学年のころ、夕方になったあたりから、漫画の世界と現実が区別がつかないといったら大袈裟だけど、とにかく本当に怖くてガタガタ震えたりしていた。読まなきゃいいのに、読まずにはいられない、そんな吸引力を持ち合わせている作品だった。

で、いまの作風や作品の傾向が14歳にして完成していた事実が伺えるブツがコレ。

楳図ファンではなくても手元に置いといて損はない。

ところで、氏はしょっちゅう吉祥寺の丸井の前の信号(←いせやに続くあたり)をウロついている。僕が9年程前、『ぐわし!』って言ったらちゃんと『ぐわし!』と返してくれた。

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2005年11月01日

Aphorism [山田詠美]

主人公の時田秀美は高校生だが、私は、むしろ、この本を大人の方に読んでいただきたいと思う。

何故なら、私は、同時代性という言葉を信じていないからだ。

時代のまっただなかにいる者に、その時代を読み取ることは難しい。


叙情は常に遅れて来た客観視の中に存在するし、自分の内なる論理は過去の積み木の隙間に潜むものではないのだろうか。

私にとっての高校時代は、もう既に、はるか昔のことである。
そう自覚した時、初めて、私はこの小説を書き始めた。
同じように自覚した大人の方がこれを読んだ時、どのように感じるかを知りたいなぁと、私は、思う。

しかし、そう思いながらも、私の心は、ある時、高校生に戻る。
あの時と同じように、自分のつたなさを嫌悪したり、他愛のないことに感動したりする。

そんな時、進歩のない自分に驚くと共に、人には決して進歩しない領域があるものだと改めて思ったりする。

そこで気付くのだが、私はこの本で、決して進歩しない、そして、進歩しなくてもよい領域を書きたかったのだと思う。

大人になるとは、進歩することよりも、むしろ進歩させるべきでない領域を知ることだ。


山田詠美 『ぼくは勉強ができない』(小説家)

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