2006年06月30日

Aphorism [ニュー・シネマ・パラダイス]

郷愁に惑わされるな。

自分のすることを愛せ。


映画『ニュー・シネマ・パラダイス』

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2006年06月29日

再販決定!!!

映画史上の超名作である「ユージュアル・サスペクツ」の再販がついに決定。

驚きすぎて下痢になりそうになった。

権利切れとかで頓挫していたこの話。おかげで、既に廃盤となったDVDがオークションで1万近くで取引されている始末。あっぶねぇ、手ぇ出さないでよかった、マジで。

しかも廉価版で1500円ぐらい!!

いっやぁ、今年のDVDランキングでは1位決定だな、間違いない。

これはもう本当に涙もの。あー、発売が待ち遠しい・・・。

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2006年06月28日

ノー・サムライ

個人個人のプレイがずば抜けているブラジル式サッカーを4年間続けると戦術と組織力は育たない。

今回の敗因はそこにある。

結果が全てのスポーツだからこそ、黄金世代を掲げて出場した日本の1次リーグ敗退は辛いものである。

きっとジーコが教えるサッカーはブラジルで通用するのだろう。

ただ残念なことに日本には合わない。

戦術のないサッカーを続けたにも関わらず、ジーコの采配を擁護する人が居るのだから驚く。

正直、無知としかいいようがない。そういう人は何を見ているのだろう?

通用しないサッカーをして危機を迎えた時に、個人のプレイで購えないサムシングを補うのが監督だからだ。

ほとんど采配いらずのブラジルとは訳が違う。

トルシエ監督が残した遺産を見事に食いつぶした4年間。

ワールドカップは、国のカラーがないと負ける。痛いほど身に染みた。

中田と川口が吼えた。そこだけに闘志があった。

空港で出迎えているサポーター。「ありがとう」?バカいうな。何がありがとうなもんか。

不甲斐なさ過ぎる結果に俺はフーリガンになろうと半ば決めかけたぞ。

甘い土壌の甘いサッカーをしていて、甘い声ばかりじゃ、たぶん、きっとダメだ。

それでもね・・・。それでも僕はサッカーが好き。本当に好き。これからもずっと。

罵詈雑言を吐いて、決まればケロッと誉める。悔しいさ。だから、僕は日本を応援する。

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2006年06月27日

依存する源氏物語

SNSに依存する人たちが増えているという記事をよく見かける。

日本でSNSといえば、最大手のmixiが有名で、現時点での会員数は300万人を超えるわけだから、その勢いは飛ぶ鳥をバックドロップして落とすぐらいである。

SNS(ソーシャル・ネットワーク・ソーキング)は、大体が〝招待制〟のシステムなので、誰かから誘われないと利用することができないサービスだ。つまりは、知り合い、同級生あるいは同僚など、既にSNSをしている人から誘われないとスタートができない。

知り合いをどんどん増やして登録できる〝友達の輪〟的な要素がサービスの特徴で、人によっては登録している人数が1000人を超えているユーザだっている。

ひとまずここでは、SNS=mixiで話題を進めちゃうと、ここ最近において、「1日に何度もログインしないと落ち着かない」とか「日記にコメントがないとへこむ」という、精神的な依存症を患うユーザが増えているらしい。

帰ってきたらとりあえずログインしちゃうとか、携帯から常にログインしていないと心穏やかじゃないとか、そういう依存症だ。

1日に何度もログインしちゃうという部分は、実は僕も該当していて、それこそしょっちゅうリロードばかりしている。でも、これは決して上述した依存症ではなく、使用上どうしてもリロードせざるを得ないがためである。

僕はこのサービスをWebMailに近い状態で利用しているので(mixiにはメッセージサービスもある)、知人とやり取りをする際にはわざわざ更新しなくてはならない。別にmailアカウントでも構わないのだけれども、どうしてかmixiでのやり取りをしている。

だから日記のボチボチ更新とは裏腹にログインしちゃっている。

ところで、僕にとって意外だったのだけれども、mixiで本名のままログイン登録している人はわりと多い。僕は実名で登録するというのは抵抗感をもっているので、なおさらの驚きだった。

だからいわゆるHN(ハンドル・ネーム)を使うわけだが、これがWEBの外で呼ばれると非常に恥ずかしいというのを最近気が付いた。音声となって呼ばれると、おかしなことにまるで気が付かない。

HNの名前というのは2次元媒体で活躍している場を越えてしまうと、妙な違和感が発生する(MIDIとかでいちいちHNを音にしているのなら別だけれど)。

僕は代々木公園のイベントで、マイミクの人にmixi上でのHNで呼ばれたのをしばらくしないと気がつけなかった。へ?あー、俺のことか、という様子だった。

そして何よりもその名前で呼ばれることにめちゃくちゃ抵抗感があり、恥ずかしかった。
HNというのも上手く考えないと、後々に面倒となるようだ。

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HNではないけれど、海外では、自分の名前に由来が無いのに、ニックネームで呼び合う習慣をもつ国がある。

僕が知っているのは、台湾とタイで、台湾人は、本名が120%の率で漢字で構成されているのに、「僕のことをジョンと呼んでくれ」とか言ってた。

名前に〝ジョ〟とかないのにである。

出会う人それぞれが〝リッチー〟だの、〝トム〟だの〝メアリー〟ばかりで、初めは馬鹿にされているのかなと勘ぐったりしたけれど、そういうわけでもなさそうだった。

英語的なニックネームで呼び合うのはごく自然な若者の習慣らしい。

タイにおいても、一部の学生では同じ習慣があって、やはり、ハリウッド俳優のようなニックネームをつけて呼び合っていた。

もっともタイ人の名前は長かったり、日本人の発音に馴染まない名前が多いから、むしろニックネームのほうが楽だった。

ただ、可笑しかったのは、本名がタイ語で〝アカポーン〟って書いてあるのに、何故か〝ビィ〟っていうニックネームで呼ばれている友達がいたことである。

家族も全員その名前で呼んでいるので、一度、「お前の名前、アルファベットでBって入ってねぇじゃねえか」って指摘したら、「オレモヨク分カラナイ。昔カラBッテ呼バレテイル」と笑っていた。

微笑の国タイならではの話である。

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夜のニックネームとなると源氏名が有名で、源氏物語のタイトルが平安時代の末期に女官の間でニックネームとして流用されたのが事の始まり。

数年前に会社の先輩に連れて行って貰った数々の名もしれない夜のお店では、女の子が簡単な名刺を持っていて、それをお客さんに配っていた。

どういうわけか、どの店に行っても〝くるみ〟ちゃんという源氏名の子だけは飛び切り可愛かった。

こういうのも夜の世界ならではのお話である。

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2006年06月26日

リリースパーティ@CAY

僕が今年上半期(06年01月~06月)に強力プッシュしているバンドは、AlayaVijanaである。

2004年に1stアルバムをリリースして、2ndを2005年、そして3rdを今年と、コンタンスにアルバムをリリースしている日本人編成の民俗系のバンドだ。

ヨシダダイキチが奏でる面妖なシタールと、山川冬樹がシャウトするホーミー。

タブラやアフリカンパーカッションをひっさげて繰り出される音楽はまさに原始の鼓動といった感じ。

そのAlayaVijyanaの3rdアルバムのリリースパーティが、先日、表参道のCAYで行われたので、行って来た。

CAYは、表参道のSpiralの地下にある、レストラン兼クラブのような店。

日曜日の夕方からのリリースパーティだから、それほど人が来ないだろうだなんて思っていたのも束の間、あっというまにフロアに人が溢れる。

随所随所に見覚えのある顔もチラホラ。

サラーム海上のインドDJが、ゴリゴリとフロアを揺らし、特別レシピとして出されているフードコーナーのカレーが、スパイシーな香りを塵のように舞い散らしている。

一緒に遊びに来た肉弟氏とk456氏と共にフロアの前方に陣取って準備完了。

箱のキャパを越えた客動員数だったのか、スタッフが「前のほうから座って詰めてください」と悲痛なまでにアナウンス。

座ること3時間弱。何度かバンドの替えがありつつも、こんなにじっとして体育座りしたのは初めてだったので、頭の中で反復&復唱されるのは「俺はエコノミー症候群になりゃしないか」という心配事ばかり。

もしなったらどうしようと、心の準備に気持ちを注いだせいか、「僕、エコノミー症候群になっちゃった」というメールを誰ぐらいまでに送れば事足りるのか妄想ばかりしてしまって、ヘトヘトになる。

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さて、AlayaVijanaのライブ。妖艶なホーミーにヨシダダイキチのうにょんうにょんしたシタール。

頭がくらくらしてくる。山川冬樹のホーミーが痺れる。

顔に紫色のスポットが当たると恐ろしいくらい物の怪のような雰囲気を醸し出す。

本当にプログレっぽくてこのバンドは気持ちいい。

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結局、サラームさんのカレーは食えずじまい。

フロアを軽く流していたら、携帯が鳴り、今日同じくして遊びに来ていたという友人が、「表にいるので、おいでよ」ということなので、肉弟君と表にでて、しばしの閑談。あっというまの22時。

*
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帰りがけに、お腹が空いていたので、「我々ハ中国人アルヨ」という、世界はひとつ♪中国もひとつ♪のような全中華的なオールチャイニーズの店で冷やし坦々麺を食べる。

「お前に食わせる冷やし坦々麺はねぇ」とか言われなくてよかった。

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2006年06月23日

ガトーショコラ伝説

バレンタインのケーキでもお馴染みのガトーショコラ。

フランス語で「チョコーレートケーキ」を意味するこのお菓子は、チョコレートの芳醇な香りとカカオの苦味をブレンドして焼き上げた大人のケーキだ。

ガトーショコラほどレシピの多彩なケーキはなく、また、このケーキほど神経をこまやかに使わないと美味しく仕上げられないと評されるケーキはない。

事実、どこのケーキ屋さんやカフェでも見かけるのに、「こ、これは・・・」と驚くに値するガトーショコラは実に少ない。

僕は、ある一つのお菓子を徹底的に色んな店で食べ歩くという生業を持っていて─こういうのは、マスターキートンの受け売りだったりする─、アイスクリーム屋さんだったら、必ず〝ラムレーズン〟を、ケーキだったら、必ず〝ガトーショコラ〟を、それぞれのお店を見つけたときに食べ試みるようにしているんだけど、多聞に驚嘆よりは失望が多かったりもする。

それでも、世界は広く、海は深く、山は高いわけで、世の中には、一品というものが存在し、それらは何時だって僕らを虜にするものだ。

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で、こちらの写真にあるのが、今のところのお奨めの〝ガトーショコラ〟。

苦味があり、しつこくなく甘くなく、それでいて、しっとりとした味わい。一口食べると溶けるような食感。

こういうのって、なかなかないのだ。

北九州市内のとある喫茶店でのメニューで、決して、ガトーショコラが〝売り〟じゃないけれど、名作っていうのは案外こういうところにある。

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2006年06月22日

八幡「藩陽軒」

鹿児島本線八幡駅から徒歩10分、バスの場合は、小倉方面バスの停留所・春の町で下車のところにあるのが藩陽軒。

以前は黒崎にあったらしい。

カウンター10席とテーブル1席の店を切り盛りしているのは坊主のねじり鉢巻姿の親父さん。

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トッピング用の赤ニンニク。

テーブルに置いてある。紅生姜がポピュラーだけれど、この店ではピリ辛のニンニクスライスをトッピングとして入れる。豚骨に丁度いいアクセントになる。

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写真はラーメン(500円)。

オーソドックスなスタイルの北九州ラーメンで、こってりした豚骨というよりは、あっさりめの豚骨だけど、けっして薄くあらず、そんな感じの味だ。

元ダレが強くないので、味が濃いのを好きな人には少々物足りなさがあるかもしれない。

僕としては、あっさりした豚骨=薄いっていうマイナスイメージを一気に払拭してくれた店でもあるので、評価したい。

あっさりしても単調ではなく、豚骨のよさを引き出している。

麺は細麺。

具材は北九州ラーメンらしくタケノコ、きくらげ、焼き豚と並ぶ。

焼き豚が北九州ローカルの焼き豚というシンプルな味わいで、脂が乗っていて、これまた良い。

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藩陽軒
北九州市八幡東区春の町4丁目1-4

ラーメン --\500
チャーシューメン --\650

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2006年06月21日

Double Day

"Have you ever had a dream, That you were so sure was real?
What if you were unable to wake from that dream?
How would you know the difference between the dream world and the real world?"



snapped by: DOCOMO SO505i P900iv

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2006年06月20日

カメラ覚書

2月号で特集しているように、今年に入ってから「Studio Voice」では〝写真〟にまつわる特集がよく目立つ。

正確に述べると、ここ1、2年ほど頻繁に取り上げられる傾向でもあって、2004年1月号で写真特集、2005年4月号で写真集特集だから、なかなかのハイ・ローテーションでの扱いである。

最新号である2006年7月号の特集記事は、題して「写真を撮る方法」。

〝カメラ選びから、撮影、プリント、それを人に見せるところまで! フォトマスター達が伝授する“写真“の全て〟という記事が並ぶ。

当然、専門誌じゃないから、「日本カメラ」や「アサヒカメラ」と比べたら、記事のひとつひとつを取っても仔細に及ばない部分はある。

でもやはり、「Studio Voice」の魅力は、〝今現在起きているカルチャー・シーン〟を映し出して抉り取っているところにあるので、現在進行形の何かを嗅ぎ取るには有効な手段のひとつだ。

写真に興味がある人は、立ち読みでもいいから目にしてみると面白いと思う。書店に寄った機会にページを捲ってはいかがだろうか(個人的には第2特集の〝アニメを見る方法2006〟は、まるで興味が無いのでちょびっと買うのを躊躇したけど)。

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こちらは、森山大道が1973年に新宿で撮影した映像作品「25時 shinjyuku, 1973」の初公開。

新宿区が街のプロモーション用のフィルム製作を依頼し、出来上がった作品を見たら、国籍不明の映像だったので、使用されず、延々と30年も眠っていたというシロモノ。

森山大道のアレ・ブレ・ボケの特筆が映像にも映し出されている。

1973年、ぬるい夜の新宿。

僕が生まれる前の故郷・新宿の映像だ。

世界的カメラマンが映像を撮ったらどうなるのか、それだけでも観にいく価値がある気がする。

会期:2006年7月25日~8月26日 12:00-19:00
会場:タカ・イシイギャラリー Taka Ishii Gallery
定休日:日・月・祝祭日/夏季休廊:8月13日-21日

〒135-0024 東京都江東区清澄1-3-2 5F tel: 03-5646-6050

HP

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2006年06月19日

Aphorism [車寅次郎]

(「人間は何のために生きているのかな」という甥の満男からの質問に対して)

「何て言うかな、ほら、あ-生まれて来てよかったなって思うことが何べんかあるだろう、そのために人間生きてんじゃねえのか」


車寅次郎(第39作『寅次郎物語』より)

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2006年06月16日

マカロニチーズ荘

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ロサンゼルスの郊外にリトルトーキョーと呼ばれる日本人街がある。

日系人が住んでいたり日本食レストランがあるエリアで、2ブロック離れるだけでスラム街だから、夜中に銃声が響くといったなかなか物騒な場所でもある。

それでも、街の中心には寺院もあり、火の見やぐらもあるので、物騒とはいいつつも壮観な景色で、日本に居るのとかわりのない街並みが続く。

90年代中頃には日本の大手スーパー「ヤオハン」も進出していたので、買い物にも不自由しない立地だった。

そのリトルトーキョーに「ダイマルホテル」という台湾人のお婆さんが経営する安宿があって、長期滞在者や日雇い労働者、ハリウッドで夢を見る役者希望など、さまざまな日本人が寝ぐらにして生活していた。

宿自体は大した建物ではなくて、長い階段を上ると小さなカウンタースペースがあって、小さく区切られた部屋とボロボロで光沢を失ったリノリウムの床が空寒い雰囲気を醸し出している、そんな感じの安宿だ。

宿は一泊20ドル前後。

赤井英和がアメリカに武者修行した際に、ここを常宿にしたのでも有名で、色紙が置いてあったりする。

僕はアメリカにまでわざわざ来たんだから、もっと違うところに宿を借りたかったのだが、一緒に旅をしていた友人が、旅先での想像しうる限りのさまざまな不安等を打ち明けてきたので、渋々リトルトーキョーに向かい、ここにしばらく滞在していた。

「ダイマルホテル」に滞在して恩恵が受けられる一番の利点は、日本食が食べられる、これに尽きた。

以前アメリカを旅行していた時に、散々食事で苦しんだので、食事に恵まれたのは、本当に助かった。

朝からパンを食べて、夜にはジャガイモを炒めたのと分厚いステーキ。

こんなのは文化的な人間が食べる代物じゃないぐらいの考えだったので、3つ軒先が離れた日本食レストランで食べられる〝焼き魚定食〟なんてのは、涙が出るぐらい有り難かったのだ。

でも旅の本質は異文化に触れることにあるというのが僕の考えでもだったので、旨い旨いと言いつつも、なるべく早くリトルトーキョーを離れたかった。

だって、〝焼き魚定食〟だったら、日本で食べたほうが旨いし、わざわざ飛行機を乗り継いでロサンゼルスで食べなくてもいい。

だから、リトルトーキョーで日本食を口にするたびに、うんうん、美味しい!、はっ、でもこれで満足したダメだ、みたいな厄介な心情の狭間に自分ひとりで勝手に苦しんでしまった。

ヴェニスビーチに移動した後に、サンフランシスコに行くというプランを非常に待ちわびた日々であった。

事実、リトルトーキョーでは何もすることがなかったのだ。

裏とか表の境界線のない国には、逆輸入したアダルトビデオがたくさん売られていたから、ノー・モザイクな映像にちょっとは興味を持ったというのは嘘じゃないけど、おっぱいがユサユサ揺れるアダルトビデオ観てアメリカで時間を潰したくない。

もっと有益なことをしたいのだ。

古着屋も日本人プライスだし、見る価値がなかった。

*
*

仕方なしにボンヤリと「ダイマルホテル」のカウンタースペースで、日ながチェリーコークを飲んでいたら、ある日の午後、台湾人のオーナーが何やら言ってきた。

その頃は、からっきし英語の会話がダメだったので、四苦八苦ヒアリングしてみると「アンタ、暇そうだから、裏の駐車場の草刈りやってよ」とのことだった。

俺が暇そう?余計なお世話だっつうのと思いつつも、本気でやることがなかったので、「ああ、いいよ」と、快諾した。

「ちゃんと刈ってくれたら、ご飯ご馳走してあげる」というご褒美に思い切りそそられたからである。

そんなわけで、手渡された緑色のプラスチックのバケツとやたらと重たい桑を担いで、外に出た。

気温は摂氏34度くらいあったけど、土方や解体現場でアルバイトをして旅行費を稼いだぐらいのコウ選手にしてみれば、チロっと生えた雑草を刈るのなんて朝飯前の月形半平太だ。

口笛吹いてのんきに桑をかざしたら、あっという間に終わった。

巨大な牛が横たわったみたいなゴミ箱に雑草をぶちまけると、勢いよく階段を駆け上がり、「終わったぞ、ババァ、飯出来たか?」と怒鳴りつけた、というのは嘘で、「あのーすみません、終わりました」と、しどろもどろに拙い英語で告げた。

台湾人のお婆さんは、「アイヤー、もう済んじゃったかい」とビックリしていた。

中国人が本当に「アイヤー」と言うのを今日まで知らなかったのだから、その言葉を耳にしただけでも、ロスにまで来て草を刈る意味があったというものだ。

旅というのは何が起きるのか分からない。

水シャワーを浴びて短パンに着替えた。

充実した気分で、足取り軽く、清清した顔をして戻ると、なにやら香ばしいチーズの香りが漂った。

目の前のテーブルに、グツグツに焦げたチーズの乗っかったマカロニ。

簡単な食事が数多くあるアメリカ料理の中で、ナンバーワンに人気のある「マカロニチーズ」だ。

茹でたマカロニにチーズを絡めてオーブンで焦がしたシンプルな食事で、「この野郎、手ぇ抜きやがったな」という気持ちがチラッと霞めたけど、強欲っぷりでは4ブロックぐらい先まで、その名を轟かせているオーナーだったわけだから、きっと貴重なもてなしだったのだろう。しかも汗を掻いた後だったので、塩気が程よく、あっという間に平らげた。

モチモチしたマカロニに香り豊かなチーズが湯気を立てて巻かれている。

カリカリに焦げたチーズの周辺に少しタバスコを垂らしたり、ケチャップを掛けて食べた。

一気に食べた僕を見て、お婆さんは満足そうに微笑んで、「みんなには内緒だよ」と口に指を当てて、冷蔵庫からよく冷えたバドワイザーを持ってきた。

リトルトーキョーもそう悪くない、そんな風に思ったロサンゼルスの夏の午後だった。

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2006年06月15日

Ancient Herbs & Mordern Medicines : June 2006

PSYBABA.NET reccomends 5 potions in this month are

1.Navy&Ivory - 指輪 (Blow Wind)
2.The Boom - からたち野道 (Sony)
3.Def Tech - Irie Got ~ありがとうの詩~ (Jawaiian Style)
4.Flying Kids - 幸せであるように (Victor)
5.Hasiken - グランドライフ~7L3EPT (Victor)

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2006年06月14日

野方「天上」

環状7号線沿いのラーメン激戦区にある「天上」。(てっぺん)と読む。

環七を高円寺から中野方面にクルマで5分程度、電車だと西武新宿線の野方駅から徒歩5分程度、「野方ホープ」の向かいあたりである。

注文の際に、麺の固さと油の量と、白ネギか青ネギかのトッピングを選ぶことが可能。油の量は「こってり」を選んでしまうと相当のギトギト感を味わうことになるので、「普通」程度を選んだほうが無難。ネギはどっちでも相性が良い。

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写真は天上ラーメン(700円)。

青ネギをチョイス。豚骨と魚介系のスープが塩梅よく混ざり、中太の麺に絡む。

こってり系のスープなのに、まろやかな味わいがあるので、どんどんとレンゲで漉くって飲んでしまうスープだ。

醤油とも味噌ともつかない不思議な混濁のスープは、ハマる人はけっこうハマるんじゃないだろうか。

魚介の香ばしいうま味が全体を纏めている感じ。麺は縮れ系モチモチ麺。

ラーメンの量がやや少なめなので、物足りないこともあるかも。有名店にも関わらず丁寧な接客が印象に残る。

豚骨+魚介ラーメンの中でも上位に食い込む感があるので、ぜひ再訪したいあたり。

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天上
東京都中野区大和町2-1-1
11:00~翌朝04:00
月曜定休

天上ラーメン --\700円
チャーシュ麺 --\900円
ねぎラーメン --\800円
つけ麺 --800円
替え玉 --\150

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2006年06月13日

じゅんのすけーー。

映画館の大きなスクリーンと音響で味わった時の感動が、そのまま自宅で味わえるとは限らない映画というのがある。

熱狂が冷めたのか心の様変わりか、それとも小さなスクリーンじゃ愉しめないのか、明確な理由があるようなないような、とにかくあの日の昂奮は帰ってこず、狸に化かされたような気持ちになる映画だ。

DVDの映画ソフトを購入しようとする時、従来の伝播パターンと異なり、〝口コミ情報〟が高速度で伝達されるインターネットが重宝されたりする。偏り過ぎない意見を情報として収集できるので、Amazonに代表されるような書き込みシステムが、わりと購買基準のひとつの要素となったりするようだ。

こういった書き込みには当然のことながら、絶賛意見もあるし、酷評意見もある。

感情的な意見が書き込まれたりすると、反対派がさらに感情的な足元を蹴飛ばすかのような意見を載せて、そのスレッド自体が荒れるという鬼気迫る例も往々にして起きてしまう。

ただ、「観なきゃよかった」を恐れるあまりに、酷評意見に敏感になるのも考えようだ。万人が万人とも絶賛する映画ってのもないのだから、ひとつの意見として解釈するほうが無難といえよう。

一番詰まらないのは、自分が観もせず食もせず、ただ「いや、だってさ、ネットではこう書いてあったからさ」と虎の威を借る狐じゃないが、他人の意見だけで揺り動かされ、自分の感想のように述べてしまうことだ。せっかくのチャンスを自ら失おうとしているようにさえ思える。

さて、いろいろと絶賛酷評あるけれど、個人的に昨年度イチ押しの日本映画「ALWAYS 三丁目の夕日」。

観る前にブツクサ言うより観てからブツクサ言おうじゃないか。

映画館じゃなくてDVDで観たらどう思うか心配だったけど、DVDで観た結果、やっぱり感動した。まあ、とにかく、ぜひ一度。

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フーリガン

負けた。

今日からフーリガンになります。

ジーコのご采配の意図がわからん。

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2006年06月12日

FIFA2006トトカルチョ

Moblog上にアップしたように、今回のFIFA2006のトトカルチョの〝勝蹴投票券〟が手元に1枚ある。

アメリカはロサンゼルス、モンテカルロで開催されているギャンブルの賭け札である。

友人であるケン・カネコのお土産で、32チームのどの国が優勝国がを決めるシステム、10ドルから賭けることが出来るサッカーのトトカルチョだ。

大のフランス贔屓の友人は、そのままフランスに賭けたけれど(僕はというと、ブラジルが優勝と思っていたので、この土産を手にして罵詈雑言を発した)、優勝しそうな国は倍率が低くて、やはり負けそうな国は掛け率が高い。

ブラジルは2倍で、ドイツ、フランス、イングランドと強豪チームが続く。フランスは7倍。

何度かオッズは更新されるので、ブラジルが2倍を切ってしまうなんてオッズもある。恐るべし、ブラジル。

元金もバックされるのがラスベガスの方式なので、フランスが優勝すれば<20ドル×7倍+20ドル=160ドル>で、約1万7千円程度の勝ち金だ。

んふふ。ぜひともフランスに頑張ってほしいところである。

FIFAは、何処の国が勝つのか油断にならない大会だけに、手に汗を握る毎晩だろう。

ちなみに日本は27倍。

アメリカなんてサッカーを知らないアホな国のわりには(分かってもらえているかと思うけど、毎回、僕がアメリカに抱く偏見である)、掛け金は10倍前後だ。

これは賭場がラスベガスにあるからで、つまりはアメリカ国民の賭け事を越えた愛国心の現われのようなものである。

でもアメリカは実はサッカーがそこそこ強い。

侮れない国だったりする。

そのへんが野球と違い、このスポーツの持つスピード感と緊張感であり、野球には無い魅力なのである。

ところで日本のサポーターに限って、試合開始から応援歌を熱唱しているけど、あれはちょっと違和感を感じる。

一体感を強烈に求める国民性なのか?

だとすれば、サッカーというのは、お国柄が明確に分かるスポーツであり、地球規模のスポーツで、本当に面白いスポーツだ。

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2006年06月09日

Aphorism [遙洋子]

おしゃれとかグレードにこだわる時にいちばん気をつけなきゃいけないのは、それがコンプレックスの反映でないかどうかっていうこと。

そこで、品があるかどうか分かれるんです。


遙洋子(作家)

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2006年06月08日

幻想姉妹

大同小異こそあれど、かつてアメリカのラジオドラマで「火星人が来ました。みなさん落ちついてください」と、国営放送を装った番組を丸々鵜呑みにしてパニックを起こした視聴者とおなじようなもので、僕の周りにもわりと多くて、僕自身もその一人なんだけど、あの叶姉妹って、本当の姉妹じゃなく、いわゆる設定上のキャラクターという事実に驚いた。

ヒルトン姉妹の日本版を目指したユニットで、セレブキャラで売り出した芸能人が叶姉妹らしい。

「皆がやっている生活を叶姉妹らしく過ごす」というのが彼女達の活動とのこと。

ボケーっと、テレビを観ているときなんかに、「この人たちのご両親って何者なんだろうねぇ」なんて喋っていた我が身が少々恥ずかしいところである。

にしても価値観って、一度刷り込まれるとなかなか刷新されないものなのだろうか。

未だに「本当は姉妹なんじゃ・・」という考えが過ぎるから、テレビやメディアの魔力は恐ろしい。

叶姉妹(Wikipedia)

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2006年06月07日

チェロ パキスタン

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数字のゼロの概念を発明したインドの周辺国にはバングラディッシュ、スリランカ、ネパールなどがあり、そのうちの一国にパキスタンもある。隣接している国にも関わらず、誤解を恐れずに書くと、たいがいのインド人はパキスタンのことを格下か、もしくは取るに足らない国と見なしているようで、パキスタンはインドのジョークにたびたび登場し、笑いの対象になったりしている。

日常語の常套句においても同国は出てきて、インド人が話す会話に耳を澄ますと「チェロ、パキスタン!」と呟いているか、怒鳴っている光景を目にすることだと思う。

インド亜大陸を旅するバックパッカーの間で、省略して「チェロパキ」と交わされている台詞だ。

「チェロ」はヒンディ語で「出てけ」とか「あっち行け」といった、ぞんざいな扱われ方をする言葉で、インド人は野良犬に向かって「チェロチェロ」と追い払ったりしている。

外国人が、インド人からこの言葉を浴びせられるといったら、商品を買うときに、大幅に値下げを試みた場合だろうかと思う。

インドの買い物というか商品には、値札が貼ってなく、極端に言うと〝買い物をするときには値段交渉が必要〟な国である。

もちろん、ボンベイにあるマクドナルドで買うマックフライポテトが、買う人によって30Rpだったり、55Rpだったりする、というわけではなく、値札がある然るべきところには、ちゃんとあるけれど、ないところには、そんなもの最初からありはしないのだ。

だから買い物をする人は、その人が持つ経験や度胸、ブラフ(はったりや駆け引き)、さまざまな能力を引き合いにして、安く買わなくてはならない。

「別に私は値下げなんかしなくていいもの」と開き直って、言い値で買う輩がいるけれど、殆どが他の旅行者から蔑まされたり、馬鹿にされたりする。

そんな値段交渉がある国で、インド人もびっくりな値下げを試みてしまうと、「チェロ パキスタン」と冷めた口調で言われて、追い払われるのだ。

インドに滞在して一度も「チェロパキ」の洗礼を受けてない輩は残念ながらボラれていたと思ったほうがいい。そうでなければ毎回ギリギリの適正価格で買っていたか。

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ところで、旅人が提示される価格には3種類があり、よく「ジャパニーズプライス、ヨーロピアンプライス、イスラエリプライス」と囁かれたりしていて、ジャパニーズプライスが一番高く、イスラエリプライスが一番安いというのが世間一般の見解のようだ。

イスラエリは、外国に行くと、いたるところにいる旅行者で、タフな具合に金銭交渉に長けているというのが特徴だ。

インドにおいて、インド人VSイスラエリの値段交渉を見るのほど、暇な旅行者にとって楽しいエンターテイメントはなく、さすがイスラエリ、インド人から「チェロ パキスタン」となじられても、顔色ひとつ変えずに笑顔で「OK、Let's go with you(よし、お前と一緒に行こうぜ)」とすぐに切り返し、なかなか引き下がらずまた交渉を再開していたりする。

インド人も舌を巻く旅行者だ。

僕ら日本人旅行者の間では、「チェロパキ」という言葉そのものが一人歩きして、その語呂や語感が感覚的に遊ばれ、インド亜大陸を旅する旅人達の言葉として溶け込み、だんだんと形容動詞化して、高頻度で使われていくようになっていた。

日本人らしい特徴である。

お腹が痛いとか、朝が起きれないとか、そのほかここでは書けないヤバイことに対して「チェロパキってんじゃねえぞ」とか、「チェロパキっちゃった?」という風に、「チェロパキ」が頻繁に日常会話に登場した。

僕自身も何度かチェロパキすぎちゃって、その最たるものはガンジス川のほとりにあるゲストハウスで18時間気を失ったという体験だ。

こんときばかしは、脳も身体も人生も総てがチェロパキ状態だった。

では、パキスタンで。

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2006年06月06日

四谷「こうや」

四谷駅からしんみち通りを過ぎて、さらに3分ぐらい歩いたあたりにある支那そば屋「こうや」。

昭和36年、いまから40年ほど前に、夜鳴きそばの屋台として始まった四谷でも老舗の店である。

平成17年(2005年)に、店内で火事を起こして、一時的に営業していなかったが、翌年には新装して無事に再開。

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↑火事になる前、2003年あたりの在りし日の厨房の光景。

裏通りにもかかわらず、平日の19時ぐらいは必ずと言ってよいほど行列が出来ている。

支那そば屋といっても麺類が中心というよりは一品料理が多い。

お通しで出る鶏ダンゴスープから既に侮れない感じであり、ちょこっと乗っている豆板醤とパクチーが妙味を演出。
中華ダシが沁みている。一気にスープまで飲み干してしまうお通しだ。
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手羽の煮付け(100円)。

ここに来たら、必ず食べた方がいいのが、鶏の手羽煮付け。
一本から注文が可能で、じっくりと特製の醤油タレに漬け込んだ手羽が、白髪葱とこれまた豆板醤と併せて出てくる。

まるで絹のように柔らかくて、噛んだ抵抗もなくスッと肉がちぎれる。


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青菜としいたけの炒め(800円)。

定番の青菜の炒め物。

青菜の炒め物は、野菜独特のみずみずしさと、アクセントで散りばめられている干し桜海老の歯ごたえが見事に調和。

ざっくりと強火で炒めた青菜だからこそビールにぴったしの一品なのである。


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こちらはしじみの辛子味噌炒め(850円)。

ピリ辛の濃厚スープで勢いよく炒められたしじみの辛子味噌炒め。

一つ一つ指で摘まんで、しじみを大胆に穿り出して豪快に食べるのが宜しい。

ご飯にかけたら絶品じゃないかといつも思うのがこの濃厚スープ。

気がつけば、あっという間に、皿は食べ終わった後の殻だらけになるはずだ。


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腸詰(700円)。

中華料理の腸詰なので、少し甘め。

香菜と白髪葱でトッピングして食す。プリッと程よい脂が口の中で溶けるように拡がって、香辛料で味付けてある腸詰がどんどん胃袋に収まる。

塩気が後を引くのか、紹興酒やら青島ビールのグラスが次々と空になる。


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生いかの老酒漬け(850円)。

時期を外すと、めったに出回らないのが、するめいかの老酒漬け。

生いかの苦いワタと、辛口の老酒で漬けた一品料理。

ワタの海の香りを老酒でぬぐって肉厚のいかをちぎって食べる。

大人だけが許された塩辛のようなものだ。テーブルにお酒の香りが漂うくらい濃厚な感じ。

いかのワタが深みのあるコクを醸し出す。


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雲呑麺(850円)。

締めは名物の雲呑麺(ワンタン麺)で。

たっぷりと浮かぶ刻みネギ。海苔、焼き豚。そして雲呑。

白濁のスープに浮かぶジューシィな雲呑は、肉汁たっぷりの香味がかっていて、プリプリしている。
噛むとじわっと皮に閉じ込められたスープが飛び出す本格派だ。

白濁の豚骨スープは、2割だけ鶏ガラが仕込んであってスープに深みを与え、とろりとしたスープに手揉みの麺がマッチング。

あくまでも支那そばであって、ラーメンではなく、つまりは日本のラーメンとは少々かけ離れているので、豚骨ラーメンを期待して食べると肩透かしを食らうのかもしれない。でもそれでいいのだ。

メニューに値段の記載がなく、一品料理には時価と記されていて、一瞬、眉毛がピクッとするけれどもご安心あれ。これだけ食べたのに、こんなに安いの?ってぐらいだから。

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こうや
東京都新宿区三栄町8
11:30~22:30 L.O.22:00
日、祝休

青菜としいたけの炒め --\800
しじみの辛子味噌炒め --\850
手羽煮付け --\100
生イカの老酒漬け --\850
腸詰 --\700
文甲イカとセロリの炒め --\850

支那麺 --\650
雲呑麺 --\850
又焼麺 --\950
涼麺 --\950


暖簾分けの店として「こうや麺房」がある。こちらは御茶ノ水駅から徒歩5分のところ(文京区本郷2-10-8)にある。支那麺、630円。

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2006年06月05日

四谷「たいやき わかば」

昔から、鯛焼きはここが美味しい!というと登場するのが、世に言う鯛焼き御三家で、人形町にある「柳屋」と麻布十番の「浪花屋総本店」、そして四谷にある「たいやき わかば」が鯛焼き界の3大トリオと呼ばれている。

四谷駅から徒歩5分。駿台予備校の斜め前にある小さい店の前は、毎日行列が絶えることがない。

昭和28年に営業して以来、四谷の甘味を支えてきた老舗である。

店内でお茶のサービスと一緒に食べられる席が3卓ほどあるだけなので、だいたいのお客さんは持ち帰っているか、その場でパクっと食べている。

持ち帰りのお客さんは10尾ばかし買うぐらいここの鯛焼きは人気があるのだ。

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店内用のお皿のデザインに描かれた演劇評論家安藤鶴夫先生「鯛焼きのしっぽにはいつもあんこがありますやうに」をモットーにしているので、本当に尾っぽの先っぽまで、たっぷりとあんこがつまっている。

パリパリの香ばしい皮から飛び出すようにアツアツのあんこが顔を出す。皮の焼けた香りと蜜のような小豆のハーモニー。

甘さが控えめで、ほんのりとしょっぱいあんこは、豆のつぶの感触があるのに、とってもクリーミー。

クセになる味である。

事実、あんこを購入しているお客さんだっているぐらいである。

鯛焼きの型は、挿絵画家で有名な木村荘八の色紙が原型。

四谷界隈を散歩した日のついでにでも。

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たいやき わかば
新宿区若葉1-10定休: 日曜
09:00 - 19:00
日曜定休
たいやき一尾 --\126
あんこ300g --\388

4月頃~10月頃
みたらしだんご --\105
あずきだんご --\105

夏季に、氷各種。

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2006年06月02日

ジェダイとともにあらんことを

夏が近づくにつれて、友人と杯を酌み交わす機会が増えるというのが最近の毎日で、週末ともなれば、泥酔に限りなく近い酔っ払いになって、翌日の休日を枕を抱えて頭痛と戦うことにも慣れてきた。

酒席に女子の一人でも居れば、「やっぱ、デフテックってナイスで気持ちよいよね」なんて、聴くこともないだろうバンドの音楽話ひとつで、気の利いたことも言えるのだけれど、たいがいが混じりっけのない純度100%な野郎だらけの呑みなので、「やっぱデブフェチってなかなかキモイよね」と、知能のかけらも見当たらない会話で時間を過ごすことになっている。

先日、〝電子メールを海外に送信したら国際料金が取られるんじゃないかと去年まで心配していた〟友人と、新大久保の職安通りにある日本語のまるで通じない韓国レストランで、「早くキムチを持ってくるスミダ!」とか言いながらマッコリを片手に呑んでいたところ、その友人が突然、「いまはシスか?」と聞いてきた。

聞き間違いの程度どころか、意味不明でついてこれなかった。

渋谷の109のてっぺんにはFBIが潜んでいるのを知っている!と普段から特殊な極秘情報を持ち合わせている彼だからこそ、あー、いよいよイッちゃったかな?と、彼の頭をチラっと確認して、心配そうに見守っていたのだが、事情を聞くと、どうやら現在の心の拠っている位置が〝シス〟なのか〝ジェダイ〟なのか考える機会が最近増えたらしい。

〝シス〟〝ジェダイ〟というのは、映画『スターウォーズ』に出てくる用語で、簡単に言うと、シス=悪、ジェダイ=善ということになる。ジェダイとしてはルークスカイウォーカーとかで、シスといえば、最後まで悪者だったパルパティーンが有名。

つまり、彼は僕に「いまは悪なのか?」と聞いてきたわけだ。

善も悪もなくて、キムチが辛いだけだっつーのとか思いながらも、僕自身、次に生まれるとしたらジェダイマスターとして人生を全うしたいと常日頃から思っていたので、「・・・いや、いまはジェダイだよ」とだけ答えておいた。

すると友人がビシっと僕を見据えたかと思うと小さく呟いた。

「そうか、俺はいま、シスになりかけたよ」と言った。

僕は一気に心配になった。唐辛子が脳まで達しちゃったのかと不安になった。

「え、ど、どうしてかな・・・?その、なんでシスになりかけちゃったの?」と僕は尋ねた。

シスかジェダイかと区別したら、どう考えてもこの時間はジェダイだろ。そう思った。

話している内容だって不穏な会話なんてなくて、彼独自の巨乳論を僕に説明する楽しいひと時だっただけに、ことさら疑問だ。

「俺もさっきまでジェダイだった。でも、アイツが俺をシスに誘ったんだ」と、友人は奥の座敷に陣取っているアジア系ミニスカート女性に囲まれた一人の男性を指した。

昭和を激しく思わせるスラックスとサングラス。指の数がちゃんとそろっているのか疑わしい男性が中心の、グループ。

たしかにこのお店で最初から目立っていたけれど、席だって離れているし、僕らがなにか被害を受けたわけではない。寧ろさっきまでチラチラ見えるパンツに喜んでいたのは僕の友人なのだから。

「俺、ちょっと行ってくるわ」と友人は席を立つとその座敷に近づいた。

ちょっと待った!と言うまもなく、「うぬぬぬぬー。お前らはパルパティーンかーー!?」と、友人はそのグループに向かって叫んだ。

店全体が凍って、僕の血圧が100ぐらい下がって、寿命が3年縮んだ。

う、ダメでしょ、この人。

僕はそう思うや否や、日本語の通じない韓国人アルバイトに身振り手振りでチェックを済ませるようにいい、友人を引きつれて早々と夜の闇に消えていったのだった。

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2006年06月01日

Aphorism [アメリカンビューティー]

美のあふれる世界で怒りは長続きしない。

美しいものがありすぎるとそれに圧倒され、僕のハートは風船のように破裂しかける。

そういう時は体の緊張を解く。

するとその気持ちは、雨のように胸の中を流れ、感謝の念だけが後に残る。

僕の愚かな取るに足らぬ人生への感謝の念が。

たわ言に聞こえるだろう?

大丈夫。

いつか理解できる。


映画『アメリカンビューティー』

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