ちょっとした経緯があって、iPhoneを所有することとなった。16Gの白で、まだ届いていないけれど、おそらくは今月中には手元にあるだろうと願っている。
3Gでインターネットに繋げるし、ituneも使えるので、電話機というよりは、インターネットギアという扱いで遊ぶ予定である。そんなわけだからもちろん現ドコモは解約することなしにこれからもお付き合いしていただき、新規で購入ということになる。
さて、iPhoneを購入した最大の理由は、これからどしどしリリースされるであろう、iアプリの数々である。音楽系ソフトが早速リリースされていて、財布の口は緩むばかりだが、今一番期待しているのは、とあるメーカーが作成しているらしい、タッチパネル方式のエフェクター。これを使って、ituneで流している曲をウネウネと動かすのだ。そんでもって、端子に繋げて外部に音を放出するのだ。
そんなことをしてキャンプを楽しめたらいいなと思い、今日もまた「お届けメール」を待つ日々。
旨いもの屋がネットで名が売れるとすっかり不味いもの屋に成り下がる可能性の昨今、やっぱりここは名前も場所も控えておこうと心に決める、ある店がある。
カウンター7席程度の鰻屋は、浜松まで最高の鰻を求めて行脚したけれど、結局はこの店しかないと評価するグルメな友人お墨付きの一店で、老夫婦が営む小さな店だ。
あれ、こんなところに鰻屋があったんだ?と、もしかしたら通りの人々は気づかないかもしれない。そんな小さな店なのである。
ひっそりと暖簾を下げている店には遠方から人々が胸を躍らせて訪れる。
鰻は注文を承ってから捌き、焼いて蒸し、蒸しては焼いてを繰り返す。もちろん炭火で。活きのいい鰻はスルリと主人の腕から零れて一枚板のカウンターで宴をするくらいである。
注文してから1時間ほどして出来上がるので、待っている間は、これまた秀逸で丁寧な小技がピリリと効いている刺身や、サザエの壷焼きなぞを冷酒で戴き、静かに待つ。
鰻の放つ香ばしい香りにグッと耐えて。
満を持して現れる鰻重は、何度も焼いたり蒸したりを繰り返しているだけあって、これでもかというくらいふっくらとしている。自家製のタレが光り輝く銀シャリにしみ込み、鰻にしみ込む。すっと箸をいれると何の抵抗もなくずずっと入っていき、そのまま熱々を口に運ぶ。
鰻がとろけて、思わず目がうっとりとなり、店主を見つめてしまう。ほんとうにこんなに美味しくていいんですかと。
職人気質の店主は、ただただ微笑するばかりである。
中鰻重1800円。
え?ともう一度確かめるけれど、漆の塗られた品書きにはそう書いてある。
いやはや、恐縮するばかりである。
もし、貴方が本当に美味しい、本物の鰻を食べたかったら。PSYBABA.NETまで。
先日高円寺近くに引越しをした友人宅でホームパーティをした。
誰でも来ればきっと盛り上がるさという、ホスト(家主)の気前のよさも手伝って、九州から仕事でやってきて3日も経過していない友人も招いてしまった。僕は3年物のとっておきのブランデー梅酒と自家製糠漬けをカバンに詰め、ベランダの紫蘇を摘み、行きがけに豆腐屋で豆腐を購入して出向いた。
もちろんホームパーティの定番であるDJセットも忘れなかった。なんてったって祭りである。祭りというのは賑やかなほうがいいのだ。
友人宅には早速東西南北から友人たちが集まり、最初の乾杯の段階で12人くらいいた。その後入れ替わり立ち替り人々が深夜だというのに訪れて、合計で26人ぐらい現れたんじゃないだろうか。こうなってくると名前すら覚えられないものである。
持ち込んだ機材を駆使してBack to Backをして、ロックからトランス、果てはヒップホップとつなぎたい放題繋いで、音を鳴らし、朝7時までグテングテンになるまで呑んだ。もしその家にリングがあったらプロレスの試合だって始まったかもしれない。
要するにそういう種類の夜だ。
酔っ払いすぎると写真を撮り忘れたり、記憶のあるうちに1枚しか撮らなかったりするのが僕の特徴なんだけれども、モブログに1枚しか載せてないところを見ると、相当呑んだのかなと思う。
この夜に集まった連中は、友人の人柄だろう、個性豊かな人たちばかりで、サブカル好きだったら誰でも
知っているだろう聖書的な雑誌の編集長やら「たけしの誰でもピカソ」に出演していた絵描きとかわさわさ集まった。
彼らに深く感銘を受けたのは(といっても、その場で感動したり深い顔して頷くとか気持ち悪い態度をとるわけじゃない)、たとえ自分の方向性が時として自身を取り巻く世界と馴染まないとしても、決してスタイルを変えずに自分を信じて進んでいくという点だ。
そして、それがオリジナリティと呼ばれるものなのだろう。
早起きは三文の徳なんて言葉があるように、朝っていうのは思いがけないサムシングがハップンしたりする。
僕は朝の5時に、路上にてノーブラ姿で鼻歌を歌う20代前半だろう可愛い女子を見たことがあるので、本当に昔の人は上手いことを言うんだなあと感心する。
さて、平日の仕事日においても、朝の時間は大変貴重で、僕にとってのそれは、今日の仕事における全般的運用やら、趣味の世界での求道的な探究心など、冴えた脳みそで考えることのできる重要な時間である。
会社の始まる時間は9時なのだけれども、最寄の駅に到着するのは大体8時15分~20分。混雑のラッシュを避ける為と、朝の時間を確保するためにこの時間の出勤となる。
実際のところラッシュは酷いので、理にかなったりだ。
仕事の始まる時間まで随分と時間があるのは、まっすぐ会社に向かわないので喫茶店に立ち寄っているからである。この時間こそが一日を決定してその週を捉えて、積み重なり、人生の指針となったりするのだ。
オフィスのビルの1階にサンマルクカフェがテナントで入っており、毎朝このカフェで「プレミアムアイスカフェラテM」を注文する。エクセシオールカフェも入っていて、何度かサンマルクと二者択一に頭を抱えたが、サンマルクが一歩リードである。
ゆったりとした独立型のソファと騒がしくないjazz音楽。そしてたっぷりとミルクが注がれたプレミアムアイスカフェラテ。ガラス越しに映る爽やかな朝の風景。
この環境こそが脳内のシナプスをグイグイと刺激してくれるのだ。残念だけれど他のカフェだと、なかなかこうはいかない。
特にソファは硬すぎず柔らかすぎず何とも心地よい按配で、物事を思考するのにこれ程向いているソファはないんじゃないかという設計である。
プレミアムアイスカフェラテは300円する。朝から300円を使うなんていい度胸である。
僕は根が貧乏性なので、朝から300円使うことを放蕩の極致と考えちゃって、ついつい「いいのだろうか、こんな贅沢をして・・・」と悩むのだけれども、仕事で抱えているプロジェクトの行く末に関するアイデアが浮かんだり、日々の暮らしにおけるナイス発想が生まれたり、週末の遊びのスケジュールが沸いたりするので、決して高くはない。
むしろ300円で貴重な発想が生まれるのだから、最近では安いとまで考えている。
浮かんできたイメージはそれぞれ自分の脳内のフォルダに<ToDo>と<TASK>、<TIPS>、<What should I do <How should I be>とざっくりと分けて、プライオリティの格付けをしていく。もちろん脳内の出来事なので、このあたりはきっちりと決められているわけではない。感覚的に処理するのだ。
主体的で柔軟な発想、つまり創造性のある思考が朝の数十分で作られる。
あとはその生まれたイメージを逃がさないよう、なぞらえて可視化し具現化していくだけである。
まさに早起きは三文の徳だ。
ひょんなことから使う予定のiPhone。あれこれ考えるとMNPするよりはインターネットモバイルギアとして使えばいいのかなと思うように。
電話機だと思うと、どうしても足りない部分があるよね。だったらiPodでもいいんじゃね?となるわけだけれど、無線ポイントを探すそれより<どこでもアクセス可能>なiPhoneに一歩リードがあるというか、なんていうか。アプリの期待感も大きいし。8Gと16Gだとどっちがいいかなぁ。そこがいまの最大の悩み。
あとは業務用ケータイ含めて常に3台ぐらい持ち歩いているのはどうなのかね。見た目感というか、ちょっとアホみたいな気がしないでもない。まあ、僕の会社には全キャリ持った上で(イーモバもw)iPhone買うってのもいるらしいから、いいのか。
最近、巷で話題を振りまいているのは林檎印のケータイだったりして、どうやら片手でアレコレできるとかできないとかって話になっている。
新しモノ好きなアンテナ3本立てているギアフリーク若者は、1500人集まり買い求めに並んだ。まるでドラクエである。
ところで、同じような片手アイテムでも、こちらは楽器好きな連中の間で沸いているアイテムである。
ここまで世の中進歩したんだと感心した。
ご存知の方もいるだろう。Tonium の PACEMAKER だ。スウェーデン生まれの、このギアは、片手でこなせるMIXツールなのである。
120GBのハードディスクが内蔵、音楽ファイルをクロスフェーダーでミックスできちゃう。しかもエフェクトがついていて、FILTER、ECHO、REVERB、ROLLを内蔵。EQはそれなりの3バンド。つまりこれでCDJに匹敵しちゃうのだ。
踊るトランスDJが現れる日も近いな。
そんな衝撃のギアの動画でも。
【Youtube】
さて、今年も雨が降ったあとに訪れてくるのは夏。
もくもくの入道雲と緑の中で鳴くせみ。プールではしゃぐ子供たち。真っ赤に染まる夕焼けで語らう青春。幾つになっても夏が来るたびにドキドキする。
そんな7月第一週の週末イベント第一弾!
代々木公園で開催のアースガーデンだ。オーガニックでフリーダムなお祭り。
バティック敷いてカチ割り氷でビール冷やして、まったりと愉しむの一興だよ。
世界の屋台メシが大集合するし、ツマミも充実!?
2008年7月5日(土),6日(日)
at:代々木公園イベント広場&ケヤキ並木
10:00 - 17:00
─詳細─
これは絶対に行かなくてはと、久々に奮い立った「井上雄彦 最後のマンガ展」を上野の森美術館に観にいった。
井上雄彦は、1億2000万部以上売り上げている「スラムダンク」という超お化けマンガの作者である。いまはモーニングに掲載している宮本武蔵の半生を描いた「バガボンド」で注目を浴びている。
さて、実際の展示会は、当日券は3秒で売り切れ。前売りを握り締めているというのに1時間の行列(しかも平日なのに)で、どれだけ人気があるのかとうかがい知る事ができる。
「たかだかマンガの展覧会なのに、こんなに並ぶんじゃねーよ」と理不尽なまでに毒づいたのだけれど、これが展覧会に入場すると瞬時に理解できた。
なんと「バガボンド」の最終的物語の展示なのである。
僕の記憶が確かであれば、まだ掲載中の漫画では物語は途中なので、「こりゃとんでもないモノを見てしまっているんだな」と身震いがした。
ペンではなく筆を用いて細かに描きこまれているコマは、もう漫画の範疇を超えている。それだけではなく、ひとコマを3メーター近くの和紙で描いたりして、目がくらむばかりなのである。
ネタ的にバラすのはマナー違反なので、急にここから先は抽象的に感想を述べると、とにもかくにも宮本武蔵(武蔵)の最後が・・・。息も飲み込むほどの躍動感で、映画のように描かれている。
最後は鳥肌だ。この作者しか表現できなかったであろう唯一無比の世界。自宅だったらたぶん泣いていた。
その涙は、悲しみとかではなく、尊ぶ存在に自分自身が出会えたという感動で。
たかが漫画というなかれ。一度訪れたほうがいい。
*
*
ところで、東京という土地は、家賃は高い、人々は他人に無関心、キャバクラはぼったくり、電車は地獄列車と悪い側面ばかりが目に付いたりするけれど、文化的な情報では他所を寄せつけないレベルで質と量共に揃っている。
たとえばナイトクラビング。どんなジャンルの箱であれ、トップレベルの箱が週末になれば用意されていて、遊泳する深海魚のようにクラビングできる。
たとえば映画。中東のマニアックな映画であろうと、絶対に東京で上映している。いや、東京で上映していない映画なんてないだろう。
そして美術展や写真展の数々。東京が拠点となり、巨大な供給場所となっている。
毎週そんなことばかりしているわけではないけれど、東京じゃないとできない何かってのは必ずある。
残念なことにネットワークのインフラが整備されても、なお解消されないフェイズはあるのだ。amazonや楽天の功績は大きいけれど、個人がネットワークに通じていない状態では自らの足を使って、楽しみを得るしかない。
東京生まれでヒップホップ育ちのわりには東京を毛嫌いする傾向が僕自身の中にあって、それはなかなか大きなシコリでもあって、週末のたびに中途半端に東京郊外でお茶を濁して自然と戯れたりしてた。
だけれど、視点を変えてみれば、東京に絶え間なく流動している情報の波に乗らない手はないんだ。
少なくとも東京で生活する限りは、この土地に赦されている文化的基盤に甘えさせてもらうのはいいかもしれない。どうせ東京に住むんだったら東京じゃないと出来ないことを享受する。
こういうのって生き方のひとつなんだろうね。
ロシアのお酒といえばウオッカ。
現地ではウォトカと発音するらしいというのは、どこかの漫画で仕込んだネタである。アルコールは90度近くあり、無味無臭。
これって何かに使えるんじゃないだろうかって思った。そう、果実酒である。ホワイトリカーの特徴にそっくりだ。
そうこうしていたら、今年も梅酒の時期がやってきた。
2年前のブランデー梅酒、去年の泡盛梅酒。どれも琥珀色の梅酒で、喉を鳴らす。
先々週、浜松で開催されたシークレットのゴアトランスパーティに、2年物のブランデー梅酒を持っていったら、音が鳴る前に瓶が空になってしまったくらいである。
今年は新たなテイストでラムかウオッカか悩んだ。ラムは、それ自体が主張していて、独立的に味を保っているので、梅と共存できないような気がしたのだ。リーダーが二人いて衝突する部署のようである。
その点、ウォッカは静かな力持ちという感じで梅を持ち上げ、それでいながら全体に貢献する、職人のような風情がある気がした。
今年はウオトカで梅を漬けてみよう。3年物のブランデー梅酒をグラスに注ぎつつ、梅雨の夜更けに。
いま思い返してみれば、劇場型犯罪の先駆けのともいえるだろうか。
宮崎勤への死刑が執行された。犯人逮捕から20年である。
オタクというのは、気持ち悪くてロリータで犯罪予備軍であるという、一方通行な社会的認識を作り出したのはおそらく彼の仕業だろう。彼以前では、オタクではなく、<マニア>と呼ばれていたはずだ。
オタクという言葉なサブカルチャー的な世界でのみ使われていて、少なくとも一般生活には登場してこなかった。
突出的な情熱のある趣味を抱えていた者は、みなマニアだったのだ。
切手マニア、鉄道マニアなどなど。今日ではすっかりと、
一般的な度合いを超えた趣味性を持つ人間に対する蔑称はオタクという言葉にすげかわっている。
さて、離れ部屋に6千本のビデオを所有していたとされる彼の行動は、いずれにおいても当時では常軌を逸していた。30代前後の世代だったら、耳にしたことがあるかもしれない。「ギニーピッグ」というレンタルかセルオンリーの映画を。
ストーリーがまったく存在しない、ただ淡々と人を殺める映画だ。僕は勇気がなくて観られなかったけれど、当時観たという友人は無軌道な青い10代だというのに、どんよりと曇った顔をしていた。聞けば、ただひたすら人をひっぱたいている映画なのだという。画面の片隅に1003回、1004回とひっぱたいた数だけが映し出され、(もちろん特撮だが)叩かれた人はどんどんと変形していくという映画。
観る奴も作った奴も頭がどうかしちゃっているとしか思えない作品である。僕はこの大筋を聞かされたとき、公園でスーパーカップを食っていたんだけれど、ゲンナリして、すっかり食欲が失せたものである。
M君はこのビデオを所有していたのだ。逮捕以来、彼の素性が公開されると、このビデオもご多分に漏れずに知れ渡れ、そして自主規制という枠でレンタルビデオ屋から姿を消した。
*
*
さて、僕の地元は旧フジテレビのすぐそばである。
当時、街には大きなレンタルビデオ屋が一軒あって(ツタヤが世の中に現れるのはまだ先である)、僕と友人は夏休みにたまたま映画を借りに来ていた。
プラトーンにしようかネバーエンディングストーリーにしようか迷っていたところに、あのフジテレビが取材にやってきていた。
目的は、ずばりスプラッタ映画である。なにせ、世間に衝撃をもたらしたM君が大量に所有していたのだから。
僕と僕の友人は、その取材班を見つけると、ヒソヒソと相談をし、「きっと僕らみたいな若者が熱心にホラー映画コーナーをうろついてたら取材されるだろう」という結論に達した。
中学生なんてきっかけさえあれば目立ちたいのである。そこに思想なんてものは作用しない。
そういうわけで、2人して借りる気も無いホラーコーナーで、わざとらしく「これがいいんじゃない?」なんて、むごたらしい映画を手にとって取材班を刺激する画を醸し出した。するとやはりというか、取材班のチーフみたいのが「もしよかったら取材させてくれないかな」と乗り出してきたのだ。
僕らは内心ウキウキしているにも関わらず、努めて冷静な、ちょっとまあ面倒くさいけどいいよね的な顔して承諾した。
撮影時間15分程度。こういう映画ってやっぱり借りたりするんですかという質問に、僕の友人は一度も借りたことないのに、「ええ、けっこう借ります。こういう残虐なのって一度観ると興奮してやめられないっすよ」とかなり適当に答えた。
そして数日後。僕らの映像は3時からのワイドショーで思い切り使われていた。
そして僕の友人が答えた適当なセリフが、<いまの時代を象徴する若者>として、残虐な映画を観る10代達、彼らを駆り立てるものは?なんて喧々諤々と物議をかもしていた。
コメンテーターと識者までもが、僕らの映像ひとつで時代を憂いたり、理解できない若者たちの嗜好に近づこうとけっこうな時間を割いていた。
世の中ってヤバくて脆くて怖いなって、14歳にして知った。暑い夏の盛りの思い出である。
あれから20年経とうとしている。
1年のうちに何回か妙に「マスターキートン」を貪り読みたくなることがある。
そわそわと落ち着かずに本棚に足を運ぶぐらいだから、その求心力は押して知るべしで、1巻の「水を飲ませてやれ。やつは・・・」なんてシーンに始まり、ノンストップで突っ走る。
まるで特攻野郎Aチームみたいである。
敬愛するユーリースコット教授に再会して、「Mr.キートン…立派になったな」と温かい言葉を掛けられる場面なんて、そりゃもう、号泣である。歴史に始まり、サバイバル技術に考古学、漫画とは思えない幅広い情報に頷くばかりで、全巻通じてハズレがない。珍しい漫画だ。
もちろんそれは多大な影響を与えるということにつながるので、僕は「ワインを慎め。それから・・・・・・ 新鮮なグレープフルーツジュースを飲むんだ!!」の言葉どおり、最近毎晩グレープフルーツを絞ってジュースにして寝るようにしている。きっと身体にいいに違いない。なにせ、マスターキートンに書いてあるんだから。
さて、ワインというかアルコールのほうは慎むというよりは、なんだか週末になると妙に疼いてきちゃって、なんだかもう・・。
先月、渋谷の「たばこと塩の博物館」でギャラリーを開催した叔父が、サイン入りの図録を送ってくれた。
総頁126あまりのそれには、決して日本ではお目にかかれないだろう、世界的にも稀有なビンテージのキリムが余すことなく掲載されている。叔父が云うには、彼らの生活に深く密着したキリムは、決してドルや円には変えられない、いわば彼ら自身を投影した貴重なものであり、つまりは他人にはやすやすと譲らないらしい。彼らが砂漠に建てるテントで何十日間も一緒に生活し、塩の入ったバター茶を飲み、水パイポを喫い、羊の肉を食べ、赦しを得て、ようやく手に入るのだ。いわば友情の証である。遊牧民が語り継いできた織物には砂漠の匂いが染み付いていてシルクロードの汗が染み渡っている。
毎年訪れている新島で、今年は初日に雨が降り、テントの中での生活を余儀なくされた。
狭いテントでも心は錦というか、しっかり酔っ払ってしまい、鉄鍋をひっくり返して、とうとう8年間使用し続けたテントにポッカリと穴を空けてしまう漫画みたいな出来事も起きた。
これからが野外の季節だというのに、この打撃は痛い。
そこで、来週の週末に攻める予定のイベントを機会に、給料少ないのに心機一転して、新しいテントを購入。スリム化を目指しているので、僅か3キロ程度のコールマンのファッドX3にしようと思ったんだけれど、ビクトリアの兄ちゃん曰く、通気性が悪く、日本の気候には不向きらしい。
しかも、2人以上では厳しいとか。ならば、ここはひとつ清水の舞台からダイビングする気分でスノーピークのテントをチョイス。
アメニティドーム3万4800円だ。重さは8.9Kg。大人2人子供3人のスペースだから、テントで子供連れたり、子供作れたりする広さである。そして日本が誇るアウトドアメーカー。痒いところに手が届くという感じで、いろいろと細かいアイデアが豊富。そんなわけで今年はコイツで野外を攻めますよ!
鮭が季節になると育った河に戻ってくるように、一年ほど一時的に実家に(出)戻っていた友人が東京にカムバックした。
かつての住まいは2つ隣の駅だったのが、今回は1つ隣の駅だ。まさにご近所さんである。東京生活が面白くなってきた。
その友人とはミレニアムのバリ島のパーティで偶然会ったのがきっかけだ。ウブドと呼ばれる田園の村で、ふらふらと夜気持ちよく散歩していたときに出会ったのだ。それから日本に帰っても縁が続いて、なんだかんだで8年も時が経過した。
もう友人はパーティ業界を引退したけれど、数年前にリリースされた某球家のコンピアルバムは、じつはその友人の貢献なしでは成立しなかったアルバムだったりする。ジャンルを飛び越えて、音楽の豊富な知識をもちえている貴重な仲間だ。多趣味であり、サブカルに異様に詳しい。
そして、いま、我々がハマっているのは酒場巡りである。それも大衆酒場。さあ、初夏の誘いに乗って、夜の市長を名乗りでようじゃないか。
神経が擽られるような、ざわつく写真を撮り続けて、我々を魅了してやまない森山大道の写真展が開催中。
レトロスペクティブと称されたイベントは、1965年~2005年の写真を惜しみなく公開だ。
眠れない夜を過ごしている不眠症の貴方、もっと眠れなくなる写真が此処にあります。
■会 期:2008年5月13日(火)→6月29日(日)
■休館日:毎週月曜日(休館日が祝日・振替休日の場合はその翌日)
■会 場:2・3階展示室
■料 金:一般 1,100(880)円/学生 900(720)円/中高生・65歳以上 700(560)円
※( )は20名以上の団体料金
※小学生以下および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料
※第3水曜日は65歳以上無料
─詳細─
検索エンジンの世界で、Googleキラーが現れたと噂が流れ、一世を風靡したのは記憶にも新しい。その名もPowerset。
たしか2008年が正式なリリースだったんじゃなかったかなと思い出し、ググってみた(どこか矛盾している、この探し方)。
やっぱりそうで、ちらほらと低温火傷のようにくすぶり、うりゃっとIT世界を炙っている。
人工知能的な検索というのは衝撃的で、いよいよここまでやってきたのかとも思う。
昔ハマった漫画に「魔界都市ハンター」っていう、少年チャンピオンで掲載していたのがあって、その最初のほうに、人間が作った神というスーパーコンピューターが登場した。
シックスセンスな能力者である博士が、そのマシンを使って、神様の存在を見つけるってシーンがあった。コンピューターはたしか「神はどこにも存在しなくて、同時にどこにでも存在する」なんて答えを導き出し、火を吹いた(う、記憶があいまい)。
果たして人工知能は何をどう導き出すのだろうか。
虚無からではなく有理な情報から回答を導き出すので、彼らの回答は、いわゆるメタにメタなメタすぎる検索結果の集積だ。
でもね、きっとそうだろうけれど、もし、科学が進んで、よく言われるようにコンピューターが自我を持ち出したら、どうなるだろうか。マトリックスとかターミネーターの闘いは、ないだろう。
人間を不要とする彼らは、同時に自身の存在意義に懐疑的になり、自身の手で自らを消失させるのではないだろうか。
福利厚生を調べてみると、巨大な会社だけあって、やたらと充実していることが判明した。
全国どこでも映画が学生料金程度で観られたりすることを始めとして、居酒屋での割り引きチケットやら温泉宿の超格安プラン。どうしてなのか会社近くの本屋で10%オフだとか、なんだかわりと便利だ。
特に月に必ず1回は訪れる日帰り温泉が300円引きで毎回入れるのは素敵。小額とはいえ、こういうのを積もると後々大きくなる。
それ以外にもここでは書けないお得がたくさん。業務はてんてこまいで日々の闘いを要求されているのだけれども、徐々に慣れてきたら、思い切り使ってみたい。
残業が20時過ぎて、帰宅が21時近くになるだろうというところに、私用携帯電話宛に近所に住む友人から1通のメールが送られてきた。徒歩20秒の場所に住む友人が駅前の焼きとん屋に寄っているというのだ。
ご近所同士だからこそ気さくに待ち合わせできるというのが特権。水曜という、週の天王山にも関わらず、僕も2杯程度だけならと暖簾をくぐった。毎日、会議体だけでも3つ4つ割り当てられて、それでいて社長がアノ○さんなものだから、つまりまあ、呑んでなくちゃやってられないのだ。だって社長直々の指令が直接やってくるんだから・・・。まあ、その話はいいか。
パーティ仲間である友人は、7月くらいを目処に彼女と同棲生活を始めるらしい。それに伴い引越しを検討していて、他の土地に住むかもしれないとか。
普段はみっちりとツルむわけではないけれど、世知辛い都会生活、なんとなく友人がそばに住んでいるだけで安心していたものだ。それだけにちょっと寂しくもなったりした。もし許されるのであれば「私鉄沿線各駅停車コミューン計画」を密かに練っているので、これからもご贔屓願いたい。
そういえば、NYのソーホーも最初の一歩はそんなところから始まったのだ。
「何ができるか」「何をするべきか」「何をしたいか」、それらの線引きを明確に引くことによって、解決までの手順が浮き彫りになってくる。原理原則だからこそ疎かにできない部分である。
男のつまみというと、手っ取り早くて、安くて、適当でありながらも旨くて酒に合うっていうことになるだろうか。こだわりのレシピなんてものは存在しない、ざっけな食べ物で、極端な表現を借りてしまえば、最大限に手抜きした手料理だ。
独身生活のお供のつまみは、同時にアウトドアでも、およそ比類ないほど活躍を見せてくれる。そんな男同士だから許される、ガードの低いレシピを今日は紹介。
火力すら使わない。僕は先日キャンプインした新島で、初日に大雨にぶち当たり、わずかに足が伸ばせる程度のテントでランタンを灯しつつ、野郎2人で、こんな料理をを盃片手につまんでいた。
緊急避難的なおっさん料理だ。しかも酒用の。
それを野郎のレシピと名付ける以外にどう呼ぶのだろう。
▼材料
--さばの缶詰(水煮)
--塩コショウ
--マヨネーズ
▼レシピ
1.さばの水煮の封をあける
2.缶詰内の水を切れるだけ切る(切ったほうが絶対に旨い)
3.塩コショウをお好みでふりかけ、マヨネーズを適量入れる
4.箸でかき回す
たったこれだけ。
おそらくは3分くらいで料理が完成するだろう。
しかし、侮るなかれ。まるでさばの水煮が、コンビーフのように生まれ変わること間違いなし。
食べ物にイチャモンつけることに関してはミシェラン並みの男が言うのだから保証する。マヨネーズの酸味と塩コショウの味つけ、そこにたっぷりとしたさばが混ざり合わさる。
日本酒・焼酎・ビール、とにかく酒が進むのだ。ぜひ、一度。
仕事(毎日の労働)とはベクトルが違う方向で、なんだか自分のなかでアイデアが浮かんできた。仕事にできたら面白そうな内容だ。そういうアイデアを寝かせつつ、仕事とは別に進められたらいいなと思う。まずはホニャララから押さえてしまう。そっから先は5人ぐらいで始めたい。と、やけに抽象過ぎる文章だな。
仕方ない。自分でまとめられていないモノを誰かに伝えることなんてできないのだから。1人でするよりも5人でするほうが、話が早いって例もある。それは度胸とか勇気とかメンタルな面ではなく、実際的で物理的にだ。要するに<数で勝負>ってのだ。これからはマクロとミクロ、両極端で<数>が勝負になってくる、と思う。
親父どものワンダーランド、新橋で酒杯を酌み交わしてきた。
会社帰りにってやつだ。クソッタレなろくでもない仕事なんてのは、夕暮れまでのオママゴト。息がしたければ、漆黒の闇が街を包む前に飛び出さないと駄目だ。
島に同行した相棒から写真が焼きあがったって連絡あったので、花の金曜日に繁華街にダイブした。大露路で300円のツマミを食べて、ぼんそわで立ちんぼみたいに350円の白ワインを口にした。
相棒が持ってきた写真は最高だ。島の生活が最高だったから当然だろう。
例の、あの鳥肌がぶわっと一斉に上を向く感覚、根っこの部分から呼び起こされる感動、すべてがそこにあった。
僕には、どれも上手く言葉に出来ない。写真に収めるのも難しい。
つまり、いつまでも圧倒的に隔絶した何かがそこに横たわっているのだ。表現という手法を用いて、再現することが何時しか出来るのだろうか。本当に泣きそうな感動を得たときに、いつも思ってしまう。
要するに、何十年前かにブルース・リーが放った言葉そのものだ。
「Don't think!! Feel!(考えるな、感じるんだ)」。さて、その先には?
2000年に購入したテントが、今回の旅でついにボロっとなった。
モブログに何度か写真がちらりと映っているアレだ。もともとドンキで購入した4500円の、3人スペースを確保できるかどうかの超キリキリなテントだったので、数年前から撥水しなくなって、雨が浸透するようになってきたのだ。
シンプルな構造で軽量ではあったけれど、いよいよ買い替えの時期で、今回、酔っ払って熱い鉄なべをジュッとやってしまい穴を空け、確定的になった。
*
*
いまでこそ愛用しているテントも、10年前は、移動に関しては考慮外で、重さよりも広さを重視していた。
つまりは重くてもスペースによる快適さを選んでいたのだ。なんせこのテントだって、荷物置き場用で活用していた時期があったぐらいなのだから。で、寝食スペースとしての持ち運んでいたテントはコールマン製の6人タイプで10キロ程度あった。ずいぶんと体力があったものだ。
でも最近では、軽量化されたテントで小スペースが無難であると考えるようになり─運ぶのに便利であり、かつ設置しやすく撤退しやすい─、購入予定のテントも3キロ程度で収められるタイプを検討している。
コールマンのバックパッカー用テント、そう、ファッドX3がそれだ。
耐風性抜群の3ポール構造で、ヨーロッパ仕込みのコールマンバックパッカーテントという謳い文句。なかなかそそる。夏前にもう一本ぐらいはキャンプに行きたいので、買ってしまおうか。
ただいまの時間、このサイトの管理者はリセットをしに島を巡っています。
公開が許される限り、数日間は携帯からのモブログによるエントリとなりますので、島での生活を写真を添えて、ぽちぽちと更新していきます。
モブログサイトについては、右側にある画像をクリック若しくは下記リンクからジャンプしてください。
それでは、ごきげんよう。
今年の3月でとりあえずクローズした表参道(まあ、1年間回したわけだけど)から、1ヶ月経ち、静養という名のサラリーマン業も、そろそろ落ち着くかもしれないので、というよりは、金曜と土曜は余裕が出てきたので、そろそろ活動の再開を予定している。
土曜日は仕事は休みなので、週末は動けるのだ。
ここでも告知したように、今度は中央線沿線の某駅すぐそばにある立ち呑み屋で回す予定。曲目はオールジャンル。こないだみたいなアンビエントとチルアウトは、盛り込まない方向。
CDJは廉価で引き取るので─持ち主の友人はバリ島に1ヶ月旅行に出かけるので、6月に─、あとは微調整を残るあまり。表参道と違い、個人の経営する立ち飲みなので、資本が違うから、5月内に急変更もあるだろう。
そんな覚悟を持ちつつ、懲りずに企画しますので、宜しくです。
着々と準備が進んでいる。そう、一年間に溜まった都会の汚れた垢を落としに島へ向かう。
島の生活は、自然と共存なんて生ぬるいことはいえない世界で、言うなれば、わたくしといふ現象は自然といふ大仏様の掌の扁で小さく佇む一片の蟲のやうである。と、別に旧仮名にしなくてもいいのに、そういふ気分だ。嗚呼、また繰り返してしまつた。
雷鳴におののき、太陽に感謝する。職業的にITまみれになっている自分は、どこかでバランスを必要としているようで、心の平穏を保つようにネイチュアへと飛び込む。何もないけれど全てがあるという文化的享受の逆説的世界である島のキャンプは、精神をリセットするには相応しいのだ。
そういうことで今年も島を巡る。
自分の人生なんだから、無限に拡がる可能性に挑戦しないと駄目だろう。
偉そうなことを2年も3年も言っているわりには、結局親の用意した船に乗るのは間抜けってものである。親の脛を齧るのが間抜けなんじゃない。自分のポリシーがないくせに野望ばっかり撒き散らし、それでいて発言にも責任を持たずに、駄目だったからと泣きを見て親に頼るのが間抜けなのだ。
だったら最初からでかい風呂敷を広げないほうがいい。
ダサいな。全然パンクじゃないな。
何年も付き合いがないけれど、そんな話を聞いたら、やっぱり付き合いをやめといてよかった。野暮なもんだぜ。言い訳は聞き飽きた。昔はいいスピリッツ持っていたのに。ったく。
新橋らへんがランチの徒歩圏内なので、週に1度くらいは繰り出して食べに行ったりする。
それ以外は超高層ビル2X階の、とんでもなく壮大な景色に囲まれた会社専用食堂で食べている。北欧っぽいソファでゆったりと食べられて、なかなか至福なのだ(仕事中というのを除けば・・・)。
吉野家があったり、メニューも豊富で、学食程度の金額で食べられる。夜はなんと夜景を愉しみながらお酒も呑めるのだ。それもまた至福である(仕事中というのを除けば・・・)。
新橋のランチはけっこう有名どころを開拓した。
香姫のうどんに舌鼓を打ち、昭和テイスト満載の懐かしいナポリタン、そう、ポンヌフも攻めてみた。どうにもこうにもメタボリアンまっしぐらである。
そして、無名の居酒屋のランチ。夜はお酒を出している店のランチってのが旨いのだ。ボリュームたっぷりで廉価。先日食べたのは、「牛肉とピーマンの炒め物にイカフライがついて、納豆サービス、ご飯お替り自由、味噌汁飲み放題、コーヒーとオレンジジュース好きなだけ飲んでよし、サラダついて700円」というランチだ。これはさすがに驚いた。そして確実に残業20時でもお腹は空かない。
アースデイの行き帰りに、何人かの友人が「たばこと塩の博物館」を訪れてくれた。
嬉しい限りだ。
僕も先日は家族総出で叔父の講演とギャラリートークを聞いた。
普段から見慣れていたせいか、どうやらその貴重ぶりに鈍感だったようで、じつは日本はもとより、世界でも屈指のコレクションという事実に改めて驚いた。
150年前のキリムは失われた文化で、遊牧民達がかろうじて現代に受け継いだ遺産なのである。
講演会やらギャラリートークの動員数は館創設以来のレコードらしい。
日本には無い独創的でかつ創造力溢れるデザインは、足を運ぶ価値があるので、ぜひこの機会に観てほしい。Y本K斎さんも来ていた。ほんとうに見事である。
ピンホールカメラやテルミンや真空管アンプなど、あの頃の郷愁を呼び起こしてやまない、大きくなった男子に圧倒的人気を誇る「大人の科学」の気になる次回のアイテムは、なんと「8ミリ映写機」である。
嘘じゃない。マジだ。
7980円だけれど、今回もまた、<買い>じゃないだろうか。
僕は理科室でしか観たことがないけれど、40代より後半の諸氏は、きっと8ミリフィルムがどこかで眠っていることと思う。テルミンといい、男子な大人の心をくすぐるなぁ、毎回。
ところで、みんなは(といっても昭和49年前後に生まれた世代)小学生の頃のコマーシャルで、「まだかなまだかな~学研のおばちゃんまだかなぁ」というのを覚えているだろうか。
あの少年、僕の幼馴染なのだ。3歳くらいからの友人で、小中学校と一緒に通い、高校くらいまでツルんでいた。もう久しく会ってない。
多感期の頃は、学研の歌を歌うと恥ずかしがって激昂し、半キロくらい追いかけっこしたものである。
学研というキーワードで肩パンとか食らったり食らわせたりしていた。懐かしいものだ。
ここじゃ書けない、とある海外の某企業からのアクセスをみつけ、こっそりとデザインを変更。
またそのうちどうにかなるかも。
私信:
もしかしたら、今度は焼き鳥屋でDJするかもしれません。どんな曲まわせばいいのか・・。ど演歌かね。
中央線沿線になります。格安の立ち飲み屋なので、今度はもっとお気軽に。
プランニング固まる前にお店が転覆しないように祈ります。
自分の卒業した学校が次々と消えてゆく東京生まれテクノ育ちの僕は、もうそんなの慣れっこです。
でもこればっかりは驚いた。となりの小学校が、なんとつい最近、吉本興業の新社屋になったという。
四谷第五小学校だ。僕はとなりの小学校なので(さて、第四なのか第六なのか・・。まあ、いいか)、何度か、お隣さん突撃という名の訪問をしたことがある。
ゴールデン街近くの第五小学校は、昼間でも歌舞伎町が近くて、猥雑な雰囲気たっぷりだったから、小学生ながらにドキドキしたものだ。チャリンコで新宿通りをかっ飛ばし、背中に刺青の入った専門職の方々に威勢のいい声をかけられたっけ。
それにしても小学校が吉本だなんて。すんごい時代だなぁ。
4年目に突入したGWの島巡りは3年連続の新島に今年も決定である。
黎明期のアンジュナビーチのごとくにキャンプサイトにはバックパッカーやサーファーが集まり、焚き火をしながら踊り明かしたり、太鼓を叩いたりするのだ。
年に一度しか会えない─つまりは新島で再会するのだ─みんなも、きっと今年も訪れるのだろう。
さて、そろそろ準備を始めないと。
なんと、アノ伝説のユニットTRANSWAVEが復活を遂げたらしい。
日本でのプレイもする。クリストフという天才トランス職人が織り成す音は徹底的にゴアトランスで、深い精神世界へといざなう。10年以上前にTIMETRANCEが日本に招待したのが懐かしい。エイミーはどうしているんだろうね。
そして5月にはパラセンス。こちらもひさびさの来日。しかも日本では初という野外パーティである。今年は連れの友人も上がり調子だし、いっちょうパーティシーズンにするのもいいかも。
新橋族、果たしてそんなカテゴリがあるのやら。でも確かにあるような気もする。
テレビの街頭インタビューで登場するサラリーマン達。今年の巨人軍の行く末に苦言を申す赤ら顔のAさん、自民党の不甲斐なさに力がつい入ってしまうBさん。
どの顔も新橋だからこそっていう気負いがある気もしないでもない。自分の勤めている会社の催す呑みの席を新橋で飲むと、何ていう気持ちなのか、もしかしたら、これこそが属性意識なのかもしれない「自分が大人になったような、なってしまったような」気分になる。
よくよく考えれば、記念すべきサラリーマン飲み会を新橋でデビューするのは、野球をしている若者がいきなり大リーグのマウンドに降り立つようなものだ。
カジュアルにネクタイ外す格好なんかするんじゃなかった。もっとベタに、そう、頭に巻いて焼き鳥のお土産持つぐらいじゃなくちゃ。
春先に降る、ちょっと肌寒い小雨が好きだったりする。
土日に降られると、それなりにがっかりするのは、僕も同じで、平日に限っての話である。
物憂いな雰囲気の、せっかく薄着になったというのにタンスから厚手の長袖を引っ張り出す感覚。やれやれと思いつつも、古いアルバムをもう一度眺めるような期待感。ひっそりとした喫茶店で、うつらうつらと雨が降りそそぐ景色をボンヤリと眺めるのは格別である。
近くで猫がすやすやと気持ちよさそうに眠り込むのもよく分かるのだ。
それは季節がほんの少しだけ僕らに与えた、移ろいがもたらす静謐な気持ちなのだろう。
先週の日曜は残念なことに雨だった。せっかくの桜を愉しむことなく過ごした方も多いだろう。でも安心、天気予報によれば今週は晴れるようである。
先週の日曜に引き続いて今週末も代々木公園で春のゲリラ的に野外パーティが開催される。
昼過ぎからは噴水の右奥でサイケデリックトランスを、そして16時くらいからDEEPHOUSE系が。
16時の開催は新島で知り合った僕の友人がオーガナイズするので、もしよかったら散歩がてらにいかが?
何かのニュースで読んだ記憶によると、一昔前だったら、旧店舗から新店舗に変わるのは圧倒的にコンビニエンスストアが多かったようだ。
それが近頃だと、コンビにではなく美容室や理容室に移り変わっているらしい。全国的にもコンビニの数より美容室の数が多いという。店舗自体も借りやすい。
なるほど、自分の住む町に照らし合わせてみると、たしかに美容室の数は多い。意識していないから見過ごしがちだけれど、50メートルに一店舗はある。
美容関係の仕事に就く友人は「ちょっと5年前とは比べられないほど、競争が激しいよ」とボヤいていた。まさに同職同士の潰しあいに近いとか。
美容室あるいは理容室には数えるほどの店にしかお世話になっていないし、事実、片手くらいの店舗しか知らないので ─これからも冒険しなそうだ 地元の四ツ谷にある店に通い20年以上である─ いま住んでいる街の古めかしいお店が潰れて改装し、ちょっと覗いて「こりゃ喫茶店だな」なんて心うつろにウキウキしていたのちの<出来上がりが美容室>だった場合におけるガックシ感は、なかなかのものである。
そんなに美容室が多くなくても不便じゃないのにって思うのは、果たして僕だけなんだろうか。
親御さんと揉め事をしていた友人が最近になって和解をした。
友人の部屋に遊びに行ったら、それはもう軽めを超えた引きこもりみたいな部屋で(といっても、友人は外出ばかりしているけど)、目のあたりにした僕もさすがに居たたまれない気持ちになって、親御さんに「任せてくれ」と申し出たのだ。
桜が満開の公園で1時間ばかり話して、彼が本当に自分のしたことを申し訳ないと感じていて、機会さえあれば許しをえたいと心の底から願っているのを理解した。プライベートな領域に属する事柄なので、ここで書くことを控えるが、どう憂慮したって、100パーセントで彼が悪いことをしたのだ。
だからあとは誠意をみせて詫びるしかない。単純だけれどそれが実直な方法だ。
そんな内容を僕は伝えた。そしてあとは勇気だけだと彼に言い聞かせ、その夜に親父さんに詫びるよう勧めた。
結果は冒頭に書いたとおりである。
誠意を見せる。目には見えない<何か>ではあるけれど、それは存在する。そしてそういうのが物事の本質的な部分で大事だったりする。
制服なんてのは中学生の3年間しか着なかったので(高校は私服)、普段着慣れない背広なんてのをちょっとあつらえてしまうと、肩が異様に凝ったりするから大変である。
社会人として致し方ないとはいえ、今まで着ないでサバイブしてただけに、まあその辛さといったら・・。
こういうのはきっと新卒の22歳ぐらいで、徹夜とか朝の5時まで呑んでいるとか、そんな風なタフな時代に洗礼を受けるべきなんだな。
3月20日~5月6日にて展示をしています。
シルクロードの彼方、イラン.アフガニスタン.パキスタンにかけての西アジア西域に展開するバルーチ族やカシュガイ族、クルド族をはじめとした遊牧民が織り成すキリム、それらの、もはや現地でも入手不可能な百~数十年前のオールドアンティークの毛織物を集めた「丸山コレクション」を各部族ごとに百点余の作品を展示しています。
丸山イコール僕の叔父です。下記でやっています。
会場:
たばこと塩の博物館(渋谷or原宿or代々木公園近く)
開館時間:
10:00~18:00
休館日:
月曜日
料金:
大人100円
小中高生50円
その他イベント:
4月5日(土)
「各遊牧民の染織と紋様の特徴」
丸山繁(ギャラリーササーン代表)
4月20日(日)
「砂漠の旅.遊牧民とのふれあい」
丸山繁(ギャラリーササーン代表)
─詳細─
イランとかトルコとかのキリムとか好きな方とか興味がある方、お勧めですよ。身内びいきになっちゃうかもだけど、日本屈指のキリムあるんで。
代々木公園もすぐそばだし、もしお近くに寄った際には。どぞ。