アルコールは適量に嗜み、酒場に頻繁に顔を出すのに、もう一方の大人のアイテムである煙草はまるで吸わない。
いまでも煙草を吸わないと告白すると驚かれることがあるので、見かけや格好にそぐわないのかもしれない。でも本当に吸わないのだ。
しかも禁煙を達成したのではなく、最初からである。正確に言うと煙が苦手なので吸えない。煙草が吸えないという理由で困ることは意外と多くて、一番最初の記憶は、高校生の時代に遡る。
僕が高校生の頃はアメカジが全盛期で、バイクに乗らないくせにエンジニアブーツを真夏に履いてセンター街を揃って練り歩いていたという狂った時代だった。
アメカジファッションの重要なアイテムに<ベトナムジッポ>、通称ベトジーがあって、これはベトナム戦争に派兵された米兵が所持していたライターという触れ込みで、表面に聖書を引用した罰当たりなセリフが刻まれているアンティークを謳ったブツである。
実際にはハノイかアジアあたりで生産されている偽物が殆どだったわけだが、やはり友達はみんな揃ってベトジーを持っていた。僕は煙草を吸わないので、ライターを持つ必要がないのに、ベトナム戦争というキーワードだけで気分が昂揚して買おうかどうか迷った。
数ヶ月洗いもしないジーンズから覗く潰れたマルボロとベトジーは最高にかっこよかった。もしライターを買っていたら、今頃は愛煙家なのかもしれない。
また、煙草に縁遠いので、結構とんちんかんな間違いを犯すことが多々あった。銘柄が全然分からないのだ。なんとかセブンだのセブンなんとかだの、頭と先のどっちにセブンが来るんだと訊ねたい。
土方の親方に仕えて工事現場でアルバイトをしていた学生時代は、休み時間になるとポッカの缶コーヒーと一緒に煙草を買いに走らされた。
親方は生粋の江戸っ子で、テリー伊藤を1万倍ぐらい悪くしてビートたけしを付け足したような短気な性格と口の悪さを兼ね揃えた人物だったから、煙草を買い間違えると物凄く叱られた。内心は「マイルドセブンなのかセブンスターなのか、僕にはちっとも分かりません」という状態でお手上げしていたのだけど。
そして某ムード歌謡曲を演奏する中年有名バンドのマネージャーをしていた時代も苦労した。
ボーカルが吸う煙草がこれまたコンビニなんかであっさりと売られちゃいない煙草なので、「ちょっと買いに行ってきて」と言われたら、それはもう30分は覚悟しなくちゃいけない程であった。
どんな名前だったか覚えていないのが残念だ。
いつも買いに行かされるのが悔しかったので、楽屋でお留守番している時間は、専用の化粧箱に納めてある浅田飴を勝手に食べた。同じマネージャーをしている友人もワル乗りして、煙草を抜き出し吸ったら、それがバレて2人とも正座させられた。
さて、二酸化炭素はガンガン吐き出すのに嫌煙権を世界中に広めるアメリカの態度は、煙草を吸わない僕でも閉口してしまう。身体に悪かろうが、世の中には無駄なモノがあったっていいんじゃないだろうかと考える。嗜好品というぐらいなんだから、煙草なんてのは気にせずにモクモク吸わせりゃいい。
映画「スモーク」は僕が最も好む映画のひとつで、ハーヴェイ・カイテルがじつに渋い演技をしている。原作がP・オースターで、これは短編小説だけれど、見事に世界観を映像化しているのだ。煙草を吸わないのに、思わず胸ポケットから1本抜いて一服つけたい、そんな吸引力がある映画である。