新宿でひたすら飲み食いホニャララをするというコンセプトで設立のシンジク会。
会のモットーはいたってシンプル。
とにかく新宿。
歌舞伎町でもいい、2丁目だってありだろう、もちろんアノ〝ションベン横丁〟だってオーケーだ。オールもはしごもなんでもござれ。ただ新宿からハミ出すなよ。そいつがこの会のルールだ。
できれば月イチ、悪くて四半期。そんぐらいのペースで催される(予定)。
来週あたりに早くも決行か?
ジュクな連中
ko
生まれも育ちも本籍も新宿という根っからのジュク野郎。
ジュクのことなら森田@アルタかkoかと囁かれた時代もあった(とか)。小学3年のときのエレベーターゲームのスポットは伊勢丹だったというゴッサムシティな人生を歩む。
もちろんザリガニが生息しているのは伊勢丹の屋上だ。そのくせいつまで経っても道が覚えられず新宿に古くから親しみがある割には、西口と東口の行き来が可能になったのはつい最近。
終電が無くても歩いて帰れる。
ケン
koとは高校からの馴染み(&腐れ縁)。でも高校時代は400字詰め原稿用紙1枚程度話したかどうか疑わしいという電波の届かないところにある関係でもある。
ケンとかケンカネコとか言われている。
でも本当は名前がケンじゃなかったりするのが意味不明。。koとは、バカに漆を塗ったような成績だったので揃って千駄ヶ谷にある予備校に入学。
オナコウ(セイムハイスクール)のよしみで仲良しに。それから解体現場のアルバイトを一緒にしたりする。高校時代の部活で温めたアメフトパワーを生かして、一躍、強肩プレイヤーに。
後年、足の糸がプッツンしてリタイヤ。
ロボットとなる。いまでは時々足が攣ってピーガーとなるので要注意。
現在、旅行会社に長年勤めているので飛行機とか空港に詳しかったり、リゾート地のギャルの動向にただならぬ知識と情報を持っていたりするので、バカンス界のデューク東郷と呼ばれている。
Cosmic Sun (Liquid On Safi : SPLIFF MUSIC)
最近は、泣きメロ系の音はだいぶ食指が沸かない状態で、けっこうロシアントランスや南アの音に惹かれていた。泣きメロといえば最強なのはイスラエリトランスなわけだが、今年の最強アルバムがリリース(か?)。もう泣きっぱなし。キャッチーすぎるメロディとフロア好みの音。
ひさびさに買い(選り好みで)かもね。ちなみにこのユニットの Mishel Bitton は Safi Connection で、Yaniv Bar-or は Liquid Phase だよ。これ、トリビアあるね。
アルバムと同名の1曲目 Cosmic Sun は本当にコテコテのモーニングトラックで、当分頭から離れなそう。ドン(日本在住の謎のバスター)が「オ・ハ・YOー」って叫んでそうなイメージ。
再開してから10年経ったロモの工場が閉鎖したらしい。つまりキッシュでファニーでじゃじゃ馬な LOMO LC-A は、いまある在庫のみとなる(ようだ)。またひとつ面白いカメラが夜空の露となるわけね。
LOMO LC-A
採光が独特で四隅が暗く映り、ピントが甘いような緩いような、赤系統の発色が強いロシア製のカメラで、トイカメラの代表ともいえる名機。1982年よりリリース。
ちなみにネットでは、この機種が値上がりして、3万円ぐらいで取引されている。
ちょっとした雑貨屋さんや、ブックストアに置いてある場合もあるので、もし3万円を切った値段で見つけたら迷わず買うべし。お得といえよう。
どうもここ数日、お腹が緩い。ご飯を食べた後、一足早いサマーな波が来るのだ。真夏の果実。渚のシンドバット。湘南ボーイも真っ青なウェイブである。
口が緩くていつもヘラヘラしているのには自覚していたから心配も無かったんだけれど、腹の調子となると少し心配だ。
そんな話を隣の席のDeltazulu氏にしてみると「実は僕も…」なんて言っている。
聞けば、やはりここ数日グルグルらしい。彼は慢性ピーちゃんだから、どうなんかって感じでもあるけれど、ここ数日の動向(お腹のね)が妙に合致する。
うっそ。まじっすか。
ちょっとだけ大げさに驚いたのちに、名探偵コナンよろしく、最近の我々が購入した食べ物で何か被るものでもあるんじゃないかと頭をヒネッてみたら、ひとつあった。「乾燥梅」。
そう、コンビニで新発売しているこのニューアイテムをこぞって購入したのだ。
もしかして、これが原因か?
くぅ、あのとき、手を引いておけば・・。 せめて僕だけでも。
ちなみに同氏は、梅は梅でも種無しをフライングで購入してしまったらしく、軽く玉砕していた。
そして、その種無し梅はどういうわけかボトルセットで我々の端末の中間にあり、いい感じに手が伸ばせる。
気がつくと僕はパクリと・・・。えっ?もしかして罠?
残業帰り、てっちゃん@仕事で燃えてます と四谷で待ち合わせ。
10分の遅刻。すまん。
そのまましんみち通りの エリーゼ で腹ごしらえ。
オムライス\780。
ここのオムライスはいつ食べても旨い。ふんわり卵とチキンライス。
並ぶ価値がある。
で、そのあといつものバーに。
琥珀色のアマレットが眩しいボッチボール、芋焼酎のロック、あえてライムじゃなくてレモンを絞ったサウザゴールドのテキーラトニック。
あっというまの3時間。
どうやら我々に〝いま〟足りないのは温泉らしい。宵口の会話からそんな結論に辿りつく。偉大なる温泉。最近、入ってない。そうか、これが足りなかったか。よし、来週あたりね。
そんな約束と千鳥足。
人生なんて見知らぬカフェで食べる一杯のチリみたいなもんだ。
スパイスがきいてうまいときもあれば、
クソみたいな味がするときもある。
ジョー・R・ランズデール『バッド・チリ』(小説家)
メキシコは非常に乾燥した気候であるのか、やたらにテキーラが美味しかった。
日本やロスでもあまりお目にかからないローカルなブランドで、それでいておいしい銘酒がゴロゴロしていた。
しかも安い。
その土地で育ったり、発展や熟成したアルコールを現地で飲むのが一番美味いというのが定説であり、世界共通の夜の話題であり、ドリンカー達の言葉であるようだが、メキシコもそれに例外ではないようで、この土地にはテキーラがピッタシだなと、髪の長いヒッピーまがいの若者は感じたようだ。
事実、トルティージャ、タコス、ワカモーレなどなど、これらの食事や食材も的確であり、杯をすすめる快速切符であった。
ロスから南下して、サンディエゴを通過すると陸地沿いの国境の街がある。
片方はメキシコで片方がアメリカで、ティファナと呼ばれる国境地帯の街は、旅人達が通過する空圧施設のような、洗礼を受ける観光地であり、南米の入り口としては手ごろな場所である。
一歩、国境を越えただけで、アスファルトの舗装は大雑把になり、耳に届くのは、スペイン語だ。
「Hola.コモエスタ セニョール!!」
そのティファナから、乗合いバスで南西に2時間程度揺られると辿りつくのが、ロサリートという小さなひっそりとしたビーチである。
これといって目新しい観光スポットもないけれど、国境から近く、簡単に週末にも訪れることができるというので、西海岸あたりに住むアメリカ人がたくさんいた。
ホテルロスペリカーニョから5分のところにある、照明の暗い酒場は、バーテンのカルロスが切り盛りをしていて、珍しいローカルのテキーラがたくさん置いてあった。
もちろん僕はそういった酒場を素通りするほど慎み深い旅行者ではない。
その猥雑で情熱的な酒場に行くこととした。
カルロスはいかにも酒精が大好きそうなタイプの男で、たっぷりとした肉感的な夜を過ごすのを得意としたメキシカンジゴロで、普段目にするアメリカ人ではない日本人に昂奮していた。
笑うと酒皺がビロンと伸びるのがとっても愛嬌のあるこの男は、「どうだ、これを飲んでみるか」と、ふらっと立ち寄った我々にニッコリとして、ぶっとい蛇が漬け込んであるテキーラを差し出した。
日本にも蛇酒というのはあるし、ちょっと気の利いた店であったらハブ酒などを置いているのを目にしてきたから、多少なり嗜みはあったけれど、まさか太平洋を挟んだかつてのインカ帝国の末裔がぬっと蛇酒を差し出した事実には驚かされた。
こんなのはてっきり東洋だけの習慣だと思っていた。
いくらするんだこれ? 普段から旅先で辛酸を舐めつくしている旅人である我々は、悲しい哉、とりあえずこの質問をする身に仕上がっているから、こう聞き出したけれど、「オゴリだ」と一言笑って返してきた。
そればかりか、これ飲むと元気になるぜぇ、と自分の下半身を指し、下品にウィンクをよこした。
その男を僕は一気に好きになった。メキシコの夜に相応しい感じがする。蛇の漬かったテキーラ。
どうしたかって? もちろんショットにあけて呑んださ。
「Salud!」(サルー!。乾杯っ!)ってね。
デボラ氏からこんな恐ろしい情報を。
かいつまんで説明すると、ここ一週間で南関東に巨大な地震が起きる可能性が極めて高いという情報。
http://epio.jpinfo.ne.jp/05news/1394.gif
これに関連して縁側さんからもこんな情報。
http://www1.odn.ne.jp/~cam22440/yoti01.htm
信じる信じないは別だけれども、いつ起きてもおかしくないと言われている大震災クラスの巨大地震。怖いなぁ。
でも、どうすりゃいいんだろ。ハワイにでも逃げる?
先月の話で、すっかり忘れていた少しアンタイムリーな話題をひとつ。
4/29、西麻布の clubM で Kindzadza のライブが行われた。
初来日のこのユニットのライブは、それほどフライヤーをばら撒いていないちょっとしたネットワーク内のパーティでもあったので、案の定、ウザいギャル男やギャル達も居らず、見苦しくなかったので非常に楽しめた。
今回はディスカウントも取れ(多謝!)、それもけっこうな数でもあるということだったので、某珈琲のCMに出て、懐かしの芸能人と共演しているNチョーも一緒に入場をかますというスタートからワクワクする感じもあった。
ところで、clubM はたしか最初にオープンした時は、246通り沿いのベルコモンズ近くになかったっけ?(違う?)。まだアポロとかパイロンが青山にあった頃─10年前ぐらい─のボーイミーツガールな店じゃなかったかしら。
まあ、いいや。
閑話休題。
で、店の中をさっそく練り歩き。
地下1階が、アンビエントのブースで、もうそろそろ旧知の仲に近くなってしまったエミコと久々に遭遇。
なんでも今日はアンビエントを回すらしい。あまりにも久々だったので、びっくりした。マッサージもしているらしくて忙しそうでもあったので、ウシオと3人で近況を語り合い、ハグして別れる。それにしても一時より痩せて可愛くなったんじゃないのか。
喉も渇いているし、期待の週末でもある訳だし、呑まない理由はまるで無いということで、テキーラをバーカウンターで貰って、2人乗りのブランコで(クラブにあるのかね、普通)キーコキーコ乗ってはしゃいでいたら、キョウちゃん、キョウちゃんの旦那さん、マッキー、トモコちゃん、マキちゃんなんかが現われる。
一通り挨拶をする。マッキーがまた写真を撮っている。「今宵はデジカメじゃなくて〝写るんですよ〟なんだよ~」だって。熱心だな。見習いたいものである。
店は地下2階がフロアになっているので、さらに階段をおりると、マサキさん(5?才)が、例の独特の踊りで暴れていた。タフだなぁ。これもまた見習いたいものである。
音のほうはというと、Kindzadza のライブだけに他の出演者も重たいおどろおどろしいロシアンなトランスばかりで、音に集中しているとどんどん巻き込まれる。どちらかというとメロディラインが強調されているわけでもないので、気がつくと33曲ぐらい踊りぬいていたなんてのもざら。
で、メインの Kindzadza のあたりには、すっかりテキーラやらラムやらでベロンベロンになりくだっていて、どれがそのライブなのか分からなかった。
印象だけで感想を述べると、ダークな感じすぎて、アップアップな有り様だった。ゴアギルが頻繁に流すユニットだけれど、ゴアギルの手に掛かるともっとユニバースな全宇宙的な仕上がりなのに、ライブだとその奥行きがあまり感じられず、ごり押しが目立った気がした。ちょっと抽象的か。
まぁ、初来日でもあったので、アルバムにない曲もたくさんだったので、マルとしときましょう。
最後にひとつ、地下に抜ける階段の途中で腰を下ろしているガイジンと眼があったら、なんと、7年以上前にインド、ネパール、タイを一緒に旅行したスザンナだった。さすがにこればかりは驚いた。そのまま日本にも辿り着いてしばらくは我が家で居候していたこのコは、なんといまは西麻布でホステスをしているらしい。
何年ぶりに再会したんだかも分からない。たどたどしい日本語まで喋れるようになっていたし。びっくりすぎ。。
メジャーになりつつあるタイ料理の中でも、まだこれだけはちょっと食べれないなと、多くの方が手を出さないとしたら、それはカオニャオマァムアンかもしれない。
タイ語でカオニャオは餅米で、マァムアンはマンゴーのこと。
餅米がけマンゴという、日本じゃちょっと馴染みが薄いフルーツと米の組み合わせは、マンゴーが出回る季節になると、屋台を賑わせるご飯ともデザートとも言えない、なんとも不思議な食べ物だ。
コブシ程度のココナッツミルクと砂糖で蒸した餅米に、艶々なよく熟した橙色のスライスしたマンゴーが載せられていて、更にその上にココナッツ片とココナッツミルクがたっぷりと載せられている。
まっ、日本にもおはぎがあるわけだし、旅先にいるわけだから、これもまたひとつの経験だし、食べてみるかという心意気のもと、ぱくりと備え付けのスプーンで餅米とマンゴーをしゃくってみたら、きっと病み付きになること請け合い。
これが意外と相性がいい。
絶妙な甘味のココナッツとマンゴーの組み合わせは、それはそれで抜群だけれども、モッチリとした餅米が加わることによってよりアクセントが効いて、後を引くのだ。独特の甘みと酸っぱさが爽やかで、いくらでも食べられる。
完熟した熱帯の夜のおやつである。南国のスナックである。
ナイトマーケットで、30B(30バーツ程度=100円ぐらい)。タイで見かけたら、是非。
Best Of LOSO(LOSO 1998)
1995年に結成。惜しくも2002年12月に解散をしたタイのロックバンド LOSO 。ボーカル兼ギタリストのセーク(Seksaan Sukphimaay)、ドラムスのヤイ(Kitisak Khotkham)、ベーシストのラット(Aphirat Sukhajit)の3人からなる今バンドのベスト盤。アルバム自体は5枚リリースされていて、そのうちの「LOsociety」より6曲、「Special」より3曲、「Entertainment」より5曲、が選曲されている。
僕のお気に入りの曲は、なんと言っても1曲目の「som saan」で、メロディアスなアコースティックギターの出だしが最高。一発でノックアウトされた。
97年、98年のタイをめぐるホットなナンバー。
当時、カオサンでもパンガン島でもチャン島でもサイアムスクエアですらも、つまりタイ中で、ラジオやラジカセから聴こえてきたのはこの曲で、きっと椰子の木に囲まれながらシンハを片手に口ずさんだ人も多いだろう。
僕が想い出すのは、チャン島に滞在した時の記憶だ。
98年の6月だったと思う。
その年に大学を卒業したけれども、就職もしないで東南アジアを当ても無くプラプラしていた頃の話だ。当時のチャン島は、それは本当に楽園で、手付かずの自然とわずかな旅人達が居るだけであった。島には粗末なバンガローがいくつか点在する程度で、夜になるとただ暗闇が訪れて、月を眺めながら、焚き火をする。そんなスタイル。
実際に、島にはバンガローも借りずにテントを張って何ヶ月もロビンソンクルーソーのように生活しているツワモノもいた。タフな旅人が好む島でもある。
僕らは、島の端に位置する数軒のバンガローを管理する宿の世話になった。台風で落ちた椰子の実を飲んで(後日、地獄の蛇口を捻ったような下痢をしっかりと罹った)、早朝、波打ち際に上がった名前も知らない魚を枝を集めた焚き火で焼いて食べて過ごした。雑炊(カオトン)の美味しい小さな食堂もあって、そこでは雨宿りもできるから、あまりにも酷い台風のときは懐中電灯を片手に、急ぎ足で避難して、ハンモックを揺らしつつ雨雲をただぼんやりと目で追っていた。
その食堂兼バンガローでは、25歳ぐらいのタイの若者が働いていて、何をどれだけ話したのか不思議と記憶の海から汲みだすことはできないのだけれども、雨なんぞが降った日には何もすることがないのだから、とりとめもなく粗末な英語で語ったりした。「タイはどうだ?」「いつまで島にいるんだい?」と。
布スカートみたいな臙脂色のタイパンツを穿き、上半身裸の状態で、白い日焼け止めパウダーをたっぷり塗りつけたその若者は、雑音が混ざるラジオから「som saan」が流れると、パチンと指を鳴らして「グゥートゥ マー マイ クォーイ チォー クライムアン ター♪」と軽快な足取りで謳いだしていた。
僕はその曲と、彼のその楽しそうな姿を見るのが凄くお気に入りだったし、夜も昼もヘビーローテーションで流れるものだから(当時のヒットナンバーなのだ)、3日もすれば自然と覚えてしまった。
「これ、いいな。なんて曲だい?」
「LOSOさ。LOSOのsomsaanって曲だよ。ナイスだろ?」
「ああ、いいね。すげぇかっこいいよ」いまでもその曲を口ずさむと、チャン島で食べたイカの雑炊とその若者の澄み切った笑顔と、食堂から眺めたアジアの空が浮かんでくる。僕はまだ23歳で、時はまだ20世紀だった。トランスか旅かしか選べなかったわりには、なんとかうまくやり過ごしていたようだ。
「Best Of LOSO」
1 som saan
2 theeb khaad cai
3 mai taai rook ther
4 cakayaan sii deng
5 chan ru ther tii plian pai(ORIGINAL VERSION)
6 arai koo yoom
7 khei book waa rak kan 14 leuk leeo too kan
8 rao le naai
9 mai tong huang chan
10 khun ther
11 mee
12 duai tua rao eeng
13 yaak book waa siacai
14 leuk leeo too kan
先週の週末は代々木公園にて開催された「第6回タイフードフェスティバル」に行った。
これで第1回から皆勤賞。いぇい。
てっちゃん、ちび助、ケイスケ、サントス、石戸谷ポン@予備校以来、前ピ-、ミー、マサキ、マサトシ、トモ、ウシオ、アツコ、ソロモン、コータ、エレナ、ユリカ、マキ、スケートティーチャー、エトセトラ、えとせとら。
今年もたくさんの人と呑んじゃいました。
日曜にお会いしましたパーティではよく見るけれど、名前を知らない皆さまは、泉のような酒精とともに何処かに…。うほっ。酒が記憶を消したのか。
で、さすがに年々と規模が大きくなるこのイベント。まだ昼過ぎだというのに現地に向かうと、人だかりがすごいのって。万博なんて目じゃないんじゃないかしらという人手。
快晴とまではいかないにしろ、5月の新緑が眩しくて気持ちがいいし、都心のオアシス、代々木公園だっていうのもあるのかな。
屋台から発せられるパクチーやタイ米の香リが、まさにタイそのもので懐かしい。
会場全体がカオサンロードのようだ。独特の南国的な匂い。甘美な亜熱帯の香辛料。
コンサート会場では、アルバムを23枚リリースしているというタイの国民的バンド「カラバオ」 が演奏しているし、ロケーションは抜群。
楽しい夏の予感がしてくる。ワクワク。
人が集まれば酒が飛び交うというもの。とりあえず、というか、とにかく乾杯ー。
金曜と土曜がお休みだというてっちゃんは、仕事柄、すっかり真っ黒。髪の毛も短くカットしていい感じじゃないの。まぁ、まぁ、呑みましょうよ。プーケットラガービールをぐびぐび。うーん、最高。
混みこみの屋台で並んで購入したソムタム(青パパイヤのサラダ)とカオニャオ(もち米)をぱくり。
炭火でこんがりと焼かれたガイヤーン(鶏肉)を誰かが持ってくる。公園中をフラフラしているネパール人サントスがギャルを物色している。おいっ、ナンパしまくってるなよ。ヒャッホーとか言っちゃって知らないコに抱きついているし、もう。
揚げバナナ登場。ぱりぱりの衣にもっちりとした甘いバナナ。手が止まりませんっ。それもぱくり。
隣のだれかが、汁ソバを回す。唐辛子が効いていて旨い。前ピー、遅れつつ現れる。真っ黒でかつ日本人離れしたその顔が現地の人のようだ。女ったらしのようなので、「スケコマシ」というあだ名がつけられる。たしかにエレナに目がギラついているとか指摘されてたし。コータが変な格好をしている。今日のテーマは「裏原宿」らしい。そうなのか?
酔っ払いつつ会場を歩いていると、会場脇のブースで、なんとタイのバンド「LOSO」のアルバムを発見。
「BEST OF LOSO」。
2002年に惜しくも解散してしまったこのバンド、950円で並んでいたので即買い。
1曲目の「ソムサーン」は、マジで名曲。98年のタイの空をめぐる1曲だ。
宴もたけなわ、ココナッツカレーとパッタイも登場。カオトンムア(ぶっかけご飯)がどんどん並ぶ。辛すぎ。
カチワリ氷がきらきらしている泡盛の器がどんどん回る。すっげー味。酔っ払うな、これ。
髪の毛が伸びると自然にドレッドになっちゃうんだよねぇとギャハギャハ笑うアフリカ人ソロモンがフラフラになっている。酔っ払ってるのか、ただ陽気なのか分からない。テルテル坊主の唄を呟きながら、ビニール袋で人形を作ってた。よく知ってるね、そんな唄。
夜のとばりが近づくと、ナイトマーケットのみたいな雰囲気になってきた。原色のネオンとお香。ひさびさにタイに行きたいな。
PSY-MOB
http://shanti.psybaba.net/
・スティーブンキング 「幸運の25セント硬貨」
「幸運の25セント硬貨」
『Everything's Eventual: 14 Dark Tales』に収録された14の物語のうち、「なにもかもが究極的」、「L・Tのペットに関する御高説」、「道路ウイルスは北にむかう」、「ゴーサム・カフェで昼食を」、「例のあの感覚、フランス語でしか言えないあの感覚」、「一四〇八号室」、「幸運の25セント硬貨」の7つより邦訳出版された短篇集。題名だけでも恐らく食指を扇情されるのではないだろうか。ましてやスティーブンキングが作者なのだから、それはもう正統的なホラーから、ホロリと涙が流れる傑作まで、ほんと幅広い。それぞれの冒頭にストーリーに対する作者からの言葉も寄せられているのがファンならずとも嬉しいものだ。
スーパーでアルバイトをしている若者が、ひょうんなことから自分のその特殊な能力に気が付き、やがて職業的超能力者として束の間のアメリカンドリームを歩む「なにもかもが究極的」。ペットにまつわる夫婦のイザコザから始まり、急展開をして息を呑む軽快な構成の「L・Tのペットに関する御高説」。気味の悪い絵をフリーウェイの途中の路上マーケットで購入したことから次々と不可思議な事件に巻き込まれる小説家の物語、「道路ウイルスは北にむかう」などなど。
いやあ、キングの小説は短篇も非常に捨てがたいね。むしろ、短篇だからこそ味わえる楽しさがきっとある。
・開高健 「ロマネ・コンティ・一九三五年 六つの短篇小説」
「ロマネ・コンティ・一九三五年 六つの短篇小説」
「玉、砕ける」、「飽満の種子」、「貝塚をつくる」、「黄昏の力」「渚にて」「ロマネ・コンティ・一九三五年」の六つの物語から成る短篇小説集。昭和53年に集英社より刊行。開高健の有名な中国の挿話である〝馬馬虎虎(マーマーフーフ)〟も最初の小説に登場。
氏はこの挿話が大変お気に入りのようで、大抵の作品に現われている。きっと読者にも馴染みやすいだろうと思う。
中国語で、黒か白か、右か左か、と尋ねられたときにどっちともおぼつかない答えをして切り抜けたい時、昔の中国人は「マーマーフーフ」と答えたのだって小話。馬とも見えるし虎とも見える、どちらともいえないけれど。先人の知恵である。
今回、この小話が登場するのは香港の九竜半島。半自伝的のような物語が続く。
ベトナム戦争中のサイゴンでの阿片体験。南国の騒音。ムッチリとした熱帯独特の空気が揺れる。
文章にストイックな氏であるからこそ、読みやすく、親しみのある酒場のスツールのような、心地よいレコードのようなそんなストーリーばかり。
ヨーロッパの映画を観るような気分で。
・糸井重里 「ほぼ日刊イトイ新聞の本」
「ほぼ日刊イトイ新聞の本」
一世を風靡し、時代を飾ったコピーライターが、新たにインターネットという遊び場をみつけ、その無限とも思える可能性に一気に魅了され、自分の仕事と両立もし、試行錯誤を繰り返しながら、やがては一日の訪問件数が100万というマンモスホームページになるまでのドラマを描いた一冊。ホームページ開設してない人でも開設している人でも、きっと愉快に、そしてタメになる筈だ。特に技術的な指南書ではないが、ホームページを開設するのに、さほどの知識を必要としないいまだからこそ、〝そのページの在り方〟というのは重大であり、言い換えてみれば〝コンセプト〟次第で、自分の想像もしないページに化けることだってあることを教えてくれる。
「あえてタダでもやりたいことをしたい」連中と一緒に、自分の仕事(要は収入源)もして、インターネットというメディアでアイデアを出していって、仕事だか遊びだかわからない楽しさで何かを作っていくという作業。いいっすよね。
・モデル=田辺あゆみ 写真=藤代冥砂 「もう、家に帰ろう」
「もう、家に帰ろう」
トップファッションモデルの妻と、人気フォトグラファーの旦那が撮る日常的な3年に亘る私生活。おおよそ見開きに1枚づつ写真とそれぞれのキャプションが載せられていて、ページをめくるたびに、人気モデルである妻の可愛らしい仕草と、一瞬の表情が実に上手く捉えられている。
藤代冥砂 は、非常に、人物の─とりわけ女性の─溢れるばかりの感情をフレームに収めるのに長けていると思う。「ライド!ライド!ライド!」もそうだし。
これは本当に愉しい写真集だ。田辺あゆみ の愛し愛される顔や動作がなんとも言えない。羨ましさにも似た想いが沸いてくる。あまりにも、その愉しさが永遠ではなく、時は過ぎるものであり、それでも写真は瞬間を捉える道具であると知ると、切なさすら込み上げてくる。それほどまでに美しい日常。
僕は藤代冥砂 のキャプションも大好きだ。言葉にストイックであり、短いけれど名文家だ。文章が艶々している。言葉に息吹が宿る。
なんとも刺激的なネーミングである。「あそこ寿司」。
どんな由来があるのだか知るすべもないこのお寿司屋さん、東京は品川の少し先、浜松町から東海汽船で約11時間、船中一泊して着く先は伊豆七島最先端の八丈島、底土港、その三根地区にある。
まぁ、遠い。
その名前からして、誰もがさまざまな胸のうちを膨らます想像をそそるわけで、僕としてみれば、とりあえず、あそこといえばアソコなわけで、果たしてどんな寿司が出てくるのやらビクビクし(もしかして、アワビにトビウオでも突き刺さっているんじゃないかというのが我々の見解だった。だって・・・、ねぇ。)、もしくはニヤニヤしてピンクなイメージを咲かせたあと、おっかなびっくりと暖簾をくぐると、意外にもそこにあるのは非常に正統的な佇まいの店内でもあった。
カウンターがあり、テーブルがあって、座敷があるという感じの。ホッとしたというか、なんというか。
さて、ここで是非ともトライしたいのが、島寿司。
漬け込んだ地の魚にワサビではなく洋辛子をつけて食べる寿司と、一般的な寿司(但し、ネタは地の魚オンリー)のどちらか。
特上寿司とかもあるけど、それは東京からわざわざ運んだネタを使っている。
そんなの本土で食べりゃいいもの。ナンセンスってやつだ。ちなみに漬け込む島寿司は要予約。
今回僕らは、予約不要の〝普通の〟島寿司を頼んだ。
肉厚の皿に載せられて登場した寿司は、もうため息が出るほど、美しい限り。見た目だけでもこりゃ違うなって感じ。
握っている大将はいまいち無愛想で、べちゃくちゃお喋りするんじゃねえど、みたいなオーラがぷんぷん漂っているけれど、それは、なんと言うか、寿司屋なんていうのは黙ってネタで勝負すりゃいいんだって意気込みにも感じられる。それほどまでに艶やかな寿司が並んでいた。
巻物が一本あるのが島寿司の特徴で、食べる前に大将が、時計回りにどの握りがどの魚かとちゃんと説明してくる。
ちゃんと聞いていたのに、なんて名前の魚があったか忘れたのが残念で仕方ない。思い出せるのは〝キツネ〟と〝カンパチ〟と〝トビウオ〟。
〝トビウオ〟はお吸い物にも入っていて、プリプリとしたツミレになっていた。
大将の説明のあと、醤油をちょいとつけて食べる。小ぶりの少し甘めのシャリに載った極上の地の魚。
もう昇天モノ。旨いっ、旨すぎる。
噛むほどに絶妙な味わいが口の中で拡がるというのでしょうか、気が付いたらもう一貫と手が伸びる。
そんな惹きつけるチカラがある。
その土地の一番美味しいものを食べるのが旅の醍醐味だとしたら、ここは本当に正解。
これを食べないと来た甲斐がないよ。
握り方も丁寧だし、ネタをきちんと知っていからこそといった感じだ。
ちなみにこのお寿司屋さんに「今日はどんなネタですか?」と訊ねると「今日は下ネタです」と返ってくるらしい。
ホントかな。けっこう職人気質の一本独鈷って感じの大将だったけど。
あそこ寿司
八丈島八丈町三根361
11:00~13:30
17:00~20:00
不定休
島寿司--\ 2100
漬け島寿司--\ 2100
・ナンシー関 リリー・フランキー 「小さなスナック」
「小さなスナック」
2002年、虚血性心不全のために、39歳という若さでこの世を去った稀代の消しゴム版画家 ナンシー関 と、イラストレーターやエッセイストと多彩をあますことなく放っている、いまや数々の雑誌やメディアを賑やかしている リリー・フランキー の対談集。突然の逝去だったので、未完に限りなく近い状態で終了している。
独特の視点から展開する数々の与太話。
Fカップの娘が字が上手くて左利きだとそそられたり、中国雑技団のストイックかつプロフェッショナルな練習ぶりが「何かを得るために何かを失っている」感じでエロいと興奮する リリー・フランキー と、テレビで見たペルー人がものすごい髪型をしていたと切々と語る ナンシー関 の23本のストーリー。
他の著書もそうだけれど、この対談集を読むと、改めて惜しい人が亡くなったのだなと痛切に感じる。ナンシー関 の絶妙のテレビに対するツッコミはこの本には見られないが、そのツッコミの原型とも呼ぶべき宝石のような眩しい話がたっぷり。そして、これまた名エッセイストの リリー・フランキー の妄想茸がたっぷり生い茂ったエロ馬鹿話。一気に読めるはず。
思いうかべてみろよ、ラグーンを。
背の高い岩壁にぐるりと囲まれ、外海からも、近くを通る船からも遮断された秘密のラグーン。
想像してみろよ。真っ白な砂浜。
一面に広がるサンゴ礁。ダイナマイト漁やトロール網によるダメージなんてどこにも見あたらない。
淡水の滝は島のあちこちに散らばり、熱帯のジャングルがすべてを覆いつくしている。
ぶ厚い緑の天蓋、千年近くも手つかずの植物、極彩色の鳥、木の上で遊ぶ珍種の猿。
まっ白な砂浜の上では、サンゴの庭で魚とりをしながら、選りぬきの旅人たちが小さな共同体を成して暮らしている。
旅人たちは好きなときに島を去り、好きなときにまた戻ってくる。
けれどもビーチは変わらず、そこに存在しつづける。
アレックス・ガーランド『ビーチ』(小説家)
携帯を MOVA → FOMA に機種変っ!
つまりテレビ電話が出来るわけで、つまり添付ファイルが送信できるということで、ということは、モブログがスタートしちゃうってことである。
ロリポップの付加サービスであるブログをモブログに設定。携帯からの投稿用です。
旅行やどこかに行ったときに気の向くままアップしまーす。
※さっそく明後日にでも八丈島からアップできたらしますわん(ところで、八丈島って圏内なの?)
PSY-MOB
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