2007年03月28日

監督の憂鬱

NHKの番組、とりわけ茂木健一郎の番組ということがあり、可能な限りエア・チェックしているのが、毎週火曜22時から総合チャンネルで放映している「プロフェッシャル 仕事の流儀」である。

さまざまな分野の第一線で活躍している人の仕事に密着するこのドキュメンタリーは、じつに見応えがあり、日曜夜の顔とも言える「情熱大陸」とは、また一味違う<人物に密着系の番組>だ。

さて、昨日の放送第44回のプロフェッショナルは宮崎駿だった。来年の夏の公開を目指して新作アニメを創作中の監督は、自分の想像力が己の創造力に向き合えるよう自身の心を深く下げて活動をする人物、という風に僕には映った。

新作映画の発足当初はドキュメンタリーのカメラに冗談を差し向ける余裕こそあったが、やがて自身がその映画の物語性にどっぷりと浸かろうとなると、カメラが鬱陶しくなり邪魔にさえ感じていく監督。作品を完成させるためには、孤独という心情にとことん向き合い、他人との距離を徹底的に保ち、その孤独の中から物語を紡ぎださないといけないと語っていた。

「映画というのは自分を暴露してしまうものなんです。裸で人前に出ていくことなんですよ。だから、これは娯楽映画だからと作っていても、実はその人間の根源的な思想がよく出てしまうものなんです。出すまいと思っても出ちゃうんですよ。それで隠して作ると、そのしっぺ返しが本人だけに来るんです。どういうふうに来るかといったら、やっぱり正直に映画を作らなかったというしっぺ返しが来るんです。だから、映画が作れなくなりますよ、ほんとに。正直に作らなきゃいけないんですよ、裸になって、ほんとに。それはそうせざるをえないんです。だから、全存在をかけちゃうから、映画の出来については、本当に切ない思いをするわけですよね。それは、全人格の否定なんですよ。」


自分が目指すその先にあるイメージに到達するためには、色々なカタチで痛みを伴う必要があるのかもしれない。その痛みを知っている者だけが孤独感から開放できる。

blank_space
投稿者 ko : 2007年03月28日 19:19 | トラックバック(0)
コメント
blank_space
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?






blank_space
Trackback
blank_space
Powered by
blank_space