些細なことを書こうと思う。いや、思ったことがある。日常の過ぎ行くたわむれの日々の出来事が脳の奥底に埋もれてひっそりとしている。
普段は思い出すことはない事実。
僕のなけなしのプライドに賭けて誓うけど、忘れようとしたわけじゃない。ただ思い出すことがないってだけだ。いやな出来事でもなんでもない。
むしろ思い出すと甘酸っぱい気持ちで満たされる自分に驚くことだってある。
僕にもあるし、きっと君にも在ると思う。
その記憶の一片が何かのきっかけで蘇ると、僕は可能な限りその記憶に忠実なように何らかのカタチで残そうとする。
また思い出さなくてもいいように。その記憶が留まるように。
でも、無理だ。
あまりにも事実を再現する手段を僕は持たない。
記憶は言葉となり世界を駆け巡ろうとも僕にはその隔たりを埋めることができない。
イッツゲームアウト。
言葉は無力だ。だけど、無力なだけ僕らは懸命に何かを語ろうとする。
何かを伝えようとする。だから僕も試してみよう。トライ・トライ・トライ!!うまくゆくかもしれない。
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僕が夏の終わりになぜか思い出すのは、中学2年か3年の取り止めもない授業中のヒトコマだ。
それは5時間目で季節は真冬である。
夏に思い出す季節がなぜ真冬のシーンなのか僕には分からない。
なんとなく浮き輪をつけている雪だるまのような回想だ。
*
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それは静かな本当に静かなごく普通の午後の授業で、外は灰色の雲に覆われていてどんよりとしている。教室自体がシンとしている。
誰かがノートに記す音とストーブの水蒸気の音と時折聞こえる小さな咳の音。こほっこほっ。
教室の外を眺めると、学校に隣接している公園には誰もいない。
当たり前だ。気温なんて零下なんだもの。
15時だというのに車がヘッドライトを点けていてどこからともなく強い風が吹き、落ち葉を散らす。
いまにも雪が降り出しそうな感じ、夕方のような雰囲気でもある。
僕は一番後ろの窓側の席に座っていて、ぼんやりと外の景色を眺めている。みんなは真剣に授業に耳を傾けているのか、しっかりと前を向いている。
耳を澄ますと木枯らしが吹いているのが分かる。
枯れ葉がカラカラと乾いた音を立てて何処からともなく消えてゆく。
僕はなるだけ先生に気がつかれないように耳を外の世界に傾ける。
そして、それと同時に僕は普通の中学生なので女の子のことを考えたりもする。
女の子。
僕がこの当時の女の子で思い出すのは同じクラスに居たお下げの似合う女の子だ。
魔女みたいなお姉さんみたいな感じのする子で、授業中に目を合わせるのが大好きな女の子だった。
中学2年なのに随分と色気のある子。
理科室の授業がもっとも目を合わせてくる時間で、僕の名前はコで始まって、彼女の名前はヨで始まるからちょうどテーブルをひとつ挟んで向かいあわせるような感じになり、黒板を見ない限り僕らが見詰め合う環境は十分にあった。
なんとなしに彼女をみた瞬間から彼女は決して視線を外さないで僕を見詰めた。
そして僕も彼女を見詰めた。
彼女に見詰められるとジェットコースターに乗り合わせたようなドキドキとした疾走感いっぱいだった。
時速150キロの理科の時間。
いつしかそれが二人の暗黙の了解ともなり、僕らは理科の時間があるたびにただ見詰め合っていた。
一度、6月の終わり頃、教室まで2人きりで帰る機会があり、長い廊下を2人で歩いた。
心臓の音で廊下のガラスにひびが入るんじゃないかと心配したぐらいだ。
クラスの中で一番最初に着いた教室は電気が消されてて、誰もいなくて、僕らは授業の延長のように見詰め合って、まだ同級生が戻らないその時間、なんとなくキスをした。
別にどちらから誘ったわけでもない。ただ廊下側の壁に寄り沿う姿勢で唇を重ねただけだと思う。
ごく自然の行為だった。吸い寄せられる磁石のようだ。
それとも、もしかしたらその当時僕らが持つ性的な興味の情熱に巻かれたのかもしれない。
彼女は小さくバカと言って僕の肩に顎を乗せようとしたけれど、同級生が戻ってきたので僕らは焦って離れた。
それから僕らには進展は特になかった。
放課後の掃除の時間、箒を渡す時、わざと手が触れてドキリとしたぐらいだ。
元々付き合っていたわけではないから会うこともなかったし、ただ僕らは何事もなかったようにまた理科の時間になると見詰め合った。
その子のことを僕は外の冬景色を見て何処に辿り着くわけでもない状況で考えたりする。
不思議な気分だ。
僕はいま21世紀にいながらも20世紀のあの頃のことを想い出している。
冬を想うかぎり、あの頃はいつもシンとしていたような気がする。
そして回想の世界の僕はさらに戻った当時の夏の季節を想ったりしている。
あの子たちは何処に行ったんだろう?
うまく21世紀と付き合っているのだろうか。
僕みたいに時々20世紀に迷い込んでいなけりゃいいけれど。
でも、もしあの子たちも同じように迷い込んでいたら、僕らはまた時速150キロの理科の授業を一緒に受けることができるのかもしれない。
夏休みが始まる前の期待高まる眩しい午後の授業。
蝉の鳴く声と何処かのクラスがやっているプールの喚声。
僕にもあるし、きっと君にも在ると思う。
「別に付き合ってないよね?俺たち。」
はこの頃から?
「俺たち、ホントに日本人?」はこの頃からでしたが、「別に付き合ってないよね?俺たち。」という言葉は使ったことありませんからっw。