北九州でジワジワと展開しているうどん屋のチェーン店に「資さんうどん」という店がある。〝資さん〟と書いて〝すけさん〟と読む。
実は「資さんうどん」はうどん界のスターバックスなのだ。僕は最近その事実に気付いた。
日本の珈琲店業界に旋風を巻き起こしたシアトル発のコーヒーショップと、北九州でチェーン展開しているうどん屋は、同列に語ることができる。
スターバックスは、もはや日本全国に展開している説明不要のコーヒーショップなので、触りとしてちょっとだけ書くと、アメリカンコーヒーというお湯で薄めたコーヒーが主流のアメリカという土地において、濃くてドロっとした苦味のあるイタリア流のエスプレッソをメジャーにまでしたのが、スターバックスだ。
細かいレシピが可能なのが特徴で、96年に東京の銀座に日本の一号店が出来た。
さて、一方の「資さんうどん」は、北九州に住んでいる人や、行ったことがある人以外はほとんど知らないことだろう。
「資さんうどん」は、北九州では、非常に馴染みのあるうどん屋さんで、みんな普通に『資さん行こうや』とか『資さんで食べようや』と、お腹が空いたら、そこらにある「資さん」に行くほどポピュラーな店である。
うどんと言えば「資さん」となっているかどうかは知らないけれど、とにかく日常に浸透しているうどん屋さんだ。
店内は民芸調の装飾で統一されていて、たいてい座敷があって、何処かの天井の角にテレビが置いてあって、ローカル番組を流したり、ホークスの試合を流したりしている。
この店の特徴と言ったら数えるとキリがないのだけれど、まず何処の店にも恐らく共通しているのが、割烹着姿でテキパキと働くおばちゃんたちの姿だ。
和気藹々と、湯気の立ち込める調理場から聞こえてくる、高らかな笑い声にホッとする輩も多いという。
そして、おでん。
西日本では当たり前かもしれないが、とにかくうどん屋なのにおでんが置いてある。さらに、おでんの横にはおはぎが置いてある。お彼岸でもないのにおはぎが常に置いてある。
夏でも冬でもこのメニューは変わらないようで、お客さんはうどんと一緒に、2つ3つのおでん種を取って、箸でつついているようだ。
メインのうどんについて触れると、言うまでもなく、うどんの汁は透明。例の西日本のダシ汁だ。
僕のような東日本の人間は、とにかくスープに色がついていないと懐疑的になる傾向があるんだけれども、ズッズと一口啜ると、その心を占領している疑わしい想いも、風味あるスープの湯気と並んで消え去ってしまう。
透明な汁なのに味わい深い。
特筆すべきは麺のコシで、チェーン店とは思えないコシのあるうどんだ。
もちろん暖簾を構えるうどん屋にかなうとは思えないけれど、そのクオリティは賞賛に値する。
この「資さんうどん」のクオリティ高いうどんのコシ。ローカルエリアで絶大な人気を誇るネームバリュー。黎明期のスタバのようである。
しかし何といっても「資さんうどん」がうどん界のスターバックスたるゆえんは、これだけじゃない。
「資さんうどん」に行ったら、テーブルをよく見てごらん。〝とろろ昆布〟、〝揚げ玉〟、エトセトラと多彩なトッピングが無料で可能でしょ。
もちろん注文する時だって、あれこれ追加できちゃう。
これがスタバのカウンターなどに置いてある〝シナモンパウダー〟や〝ココアパウダー〟、注文の際のエスプレッソダブルとかいう、細かく頼むことが可能な好みのトッピングと同じであり、まさに両店ともに、衝撃的なサービスなのだ。
スタバ一号店開店直後に、こぞって友達と行った時、本当にこのシナモンパウダーとかのトッピングに驚いたものだ。
『えっ、無料なの?』と。
96年以前の日本のコーヒーショップに、こういうトッピングは置いていなかった。
そして時を隔てて03年1月、北九州の某所の資さんで僕は同じような台詞を、とろろ昆布を目の前にして口にしたのだ。
『えっ、無料なの?』と。
東京のうどん屋には、とろろ昆布の無料トッピングやら何やらなんて置いていないのだ。
だから「資さんうどん」は、うどん界の「スターバックスコーヒー」なのである。
ところで、〝東洋のベニス〟とかやたらと、「東洋の~」って附ける言葉あるけれど、僕は、この「東洋の~」という響きが、非常に嫌いである。
話がそれるから、簡単に済ましちゃうけれど、「東洋のエルビスプレスリー」というだけで、負けている気がする。
なんだ?「東洋のエルビスプレスリー」って?
エルビスプレスリーは、あのエルビスプレスリーだけが、エルビスなのである。
「東洋の~」と冠を附けないと主張できないそのムードに辟易としてしまう。
だから、「資さんうどん」と「スターバックスコーヒー」に、共通の何かを見出すのもどうかしているかもしれないけれど、少なくとも北九州を「東洋のシアトル」とは呼ぼうとしない。
文化というのは食文化も含めてとにかくオリジナルティから発生すると僕は信じている。そして「資さんうどん」にはオリジナルティがある。
いつの日か東京で巻き起こるかもしれない「資さんうどん」旋風を信じつつ。