2007年11月05日

戦場にかける大橋巨泉

暖冬のせいで長袖を腕まくりしないと暑くてしょうがないというのに、10月31日のハロウィンを過ぎた瞬間に、東京中のレストランや雑貨屋、洋服屋などの装飾がクリスマス一色になっているのにはさすがに目を見張るものがある。

キリスト教圏でもない極東の国が、世界一最速でイエスキリストの生誕を祝おうとしているのは、外国人の指摘を待つまでも無く奇妙でしかない。

何割強の日本人が<主の降誕>を祈るのだろうか。少なくとも街を鮮やかに彩るクリスマスツリーを見る限りは、イエスキリストというよりはサンタクロースに比重があるように思える。僕はそうである。

キリスト教系大学では日本で最も長い歴史をもつミッションスクールに在籍していたくせに、初期パンクの影響で<アンチクライスト>と称して中指立てたりしていたりと、学風にまったく馴染まない僕ですらクリスマスは大好きだ。

それは日本独特の外国文化迎合システムによって、それ本来の意味・意義が失われ、出来事という事実だけが受け入れられて定着しているからである。日本におけるクリスマスは、宗教的行事を中心に捉えないで単なるお祭りに昇華している。だからこそ納得ができる。

もし、日本におけるクリスマスが<主の降誕も込みでっせ>だったら、きっとアンチになっただろう。

外国のお祭りは挙げだしたら枚挙に暇がない。卵の殻にイラストを描くイースターや牛追い祭りやタイのソンクランだって、外国のお祭りである。

でも誰一人として銀座のど真ん中とかで「今日はソンクランだから水をぶっかけるのじゃー」とか言わない。

なぜだろう?

サンタクロース、クリスマスツリー、ホワイトクリスマス、クリスマスソング、ケーキなどなど。全部、ほかの祭りには準備できないお祭り騒ぎをするには申し分ない素材が12月24日25日に揃っているからだ。

外国文化のお祭りでブッチ切りで一位の箔がある。だからクリスマスは楽しい。キリスト教のイベントだから祝わないってのも頷けるけど、日本に到来した時点で、こりゃ単なる祭りだと思えば気が楽だ。

ただ、12月24日を祝日にしようとする動きには賛同できない。特定の宗教に著しく関係する記念日を祝日にすることは政教分離に反することだ。祝日の意味合いに気をつけなくてはならない。

それと、11月の初日から残り50日近くをクリスマスに身をささげるというのは、いささかスタミナがもたない。せめて10日前ぐらいからでいいんじゃないか?祭りっていうのはそういうもんである。

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投稿者 ko : 2007年11月05日 19:19 | トラックバック(0)
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