The Trinity Session(Cowboy Junkies : BMGVictor)
ティミンズ兄弟を中心として70年代後半に結成したカナダ発のバンドで、兄弟の一人、紅一点のマーゴ・ティミンズの甘い気だるいボーカルがナイスな、カントリーやブルースの楽曲を中心にアルバムをリリースしているCowboy Junkies。88年に発表のデビューアルバムと言っていいこの「The Trinity Session」は、地元の教会で録音され、しかもたった250ドル程度の資金より発売されたにも関わらず、クチコミで徐々に人気を集め、とうとう25万枚も最終的には売り上げている。
カナダという土地柄からなのだろうか、鬱屈した南部発祥のブルースを演奏しても、彼らの曲から想起される風景には、なぜか荒涼としたクールな感触があり、マーゴの歌声からはアンニュイな気持ちが呼び起こされ、物想いにふけることになる。
3曲目の「Blue Moon Revisited (Song for Elvis)」は、(エルヴィスに捧ぐ)と称されたナンバー。悲しいほど切ないマーゴの歌声が僕らに無償の赦しを与える。冷たいアンニュイなナンバーだ。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのカヴァーである10曲目の「Sweet Jane」は、映画「ナチュラルボーン・キラーズ」で使われた曲だから記憶にある方も多いだろう。
映画後半部分で、離れ離れになってしまったウディ・ハレルソン演じるミッキーと、ジュリエット・ルイス演じるマロリーが、ついに刑務所の中で抱き合えた時に流れている。
オリジナルであるLou Reed 自身が、「かつてこれほどまで完璧に最高のカヴァーをしたアーティストはいなかった」と賞賛したのは有名な話。
僕がこのアルバムを手にしたのは、高校2年生の忘れもしない9月の終わりの秋口で、幸か不幸か一瞬にしてカウボーイジャンキーズは当時の僕の心を捉えて離さなかった。
マーゴのかすれた甘い、でもそこにはブルースの持つ鬱屈さも微妙に淡く混ぜてあるその声は、17歳の少年の抱く〝大人への憧れ〟をたやすく揺さぶり、じっとさせてはくれなかった。
僕ら(僕と僕の友人)は、太陽の香りのする羽毛布団のような、肘をしっくりと吸い取り飴色に光彩を放つ一枚板のカウンターで、琥珀色のとろける液体が注がれたグラスを口に運ぶ自分達を想像した。
でも残念ながらに僕らが見つけた新宿にあるジャズバーは、我々が求めるような気だるさを漂わせた静謐な店ではなかった。
どちらかといえば野太くて骨太のブルースやジャズが流れる、荒々しい酒を呑むような一本独鈷な様相をなしていた。
「The Trinity Session」のアルバムが流れるバー、僕らにとって、それは永遠の憧憬にも近いノスタルジアなのだった。
いまでもこのアルバムが似合うバーは何処だろうと想像することがある。
パラパラと2、3人が座る程のバーで、シンとした静けさのなか、古めかしいアンプから5曲目のハンクウィリアムスのカヴァーナンバー「I'm So Lonesome I Could Cry(泣きたいほどの寂しさだ)」が流れる街角のバー。
黄昏にグラスを傾けて時を過ごす、そんなバー。