2006年03月16日

サダルストリートの夜

サダルストリートは、20年以上前は〝地獄に一番近いストリート〟と呼ばれていたらしい。

インドのカルカッタにある路地だ。

20年前ぐらいだと、道ばたのいたるところに乞食と野たれ死んだ乞食が溢れていて、うっかり足を踏んでしまい「oh!sorry」と謝ったら、その男はとっくに死んでいたと、まるで冗談のような本当の話が毎日起きていたと当時を知る旅人は言う。

道ばたで死ぬ人間もいれば生まれる人間もいて、オギャーと、たらいの中で生まれたかと思えば、その1メートル先で野良牛がボタボタと糞をしている。

そしてこの一帯は安宿が集中していたので、パスポートを売り飛ばした旅人も同じく道ばたで倒れていた・・・、とまあ、とにかくすさまじい状況だったと古いアルバムを眺めるように懐かしむ諸先輩方もいらっしゃる。

しかし、今日のサダルストリートは、そんな様相はまるで感じられず、何年か前に政府が打ち出した浄化政策の効果で実に小奇麗に落ち着いている。

噂によると乞食と野良牛をまとめてデカン高原に放り出してきたと囁かれているぐらいだから、その徹底ぶりな浄化政策にはうなだれるばかりだ。

牛もほとんど見かけないし、サダルストリートに限っては乞食の数がそれほど多くない。

それでも突然の雨に降られるだけで、ダムが決壊したかのように膝ぐらいまで水に浸かってしまう街の光景は相変わらずだし、夜になると、このあたりをねぐらにするインド人の麻薬常習者や詐欺師がぞろぞろと道に現れてくる奇々怪々な油断のならない街角は、サダルストリートらしい雰囲気だ。

さて、パラゴンホテルという安宿の斜め前には、一杯が1Rs(約3円)のチャイ屋が店を構えていた。

何が欲しい?そう言わんばかりに首を斜めに上げて合図するインド人にヒンディ語で「エク チャイ(チャイを1杯)」と告げる。

素焼きの手のひらに乗るほどの大きさのカップに注がれるチャイは、舌にザラッと何かがこびりついてドキリとさせられるけれども、シナモンやカルダモンの湯気がたつ安息の効果を与えてくれる一杯だ。

飲み終わった素焼きのカップは回収されることもなく、そのまま地面に投げつけて捨てる。

そうすればやがては地球にリサイクルされるのだ。

インド人もヒッピーもバックパッカーも分け隔てなく地面に座ってこのチャイを飲んで時間をうっちゃっていた。

ブリキで出来た灯油ランプの乏しい灯りだけが頼りなので、灯りの周りにコソコソと集まる彼らの後ろ姿は蛾のように刹那的な寂しさだ。

お腹が空いたら近所の安食堂に潜り込むか、そうでなければ屋台で食事を済ませるのが大半で、どうしてかカルカッタに限ってはチョウメンと呼ばれるチベット風焼きソバのレベルが高いようで、他の主要都市では味わえない貴重なものだった。

日本人にとって故郷の懐かしい香りがする10Rs(30円)の焼きソバはバナナの葉のお皿になっていて持ち帰りもできる。

体重が減ってすっかり痩せ細った僕らは、不吉な咳をコホコホとしながら殆ど手掴みに近いような状態でこれを食べたものだった。

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投稿者 ko : 2006年03月16日 19:19 | トラックバック(0)
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