「が」という接続助詞は便利である。
一つの「が」を持っていれば、どんな文章でも楽に書ける。
しかし、私は、文章の勉強は、この重要な「が」を警戒するところから始まるものと信じている。
(中略)
眼の前の様子も自分の気持も、これを、分析したり、また、分析された諸要素間に具体的関係を設定したりせずに、ただ眼に入るもの、心に浮かぶものを便利な「が」で繋いで行けば、それなりに滑らかな表現が生まれるもので、無規定的直接性の本質であるチグハグも曖昧も表面に出ずに、いかにも筋道の通っているような文章は書けるものである。
なまじ、一歩踏み込んで、分析をやったり、「のに」や「ので」という関係を発見乃至設定にしようとなると、苦しみが増すばかりで、シドロモドロになることが多い。
踏み込まない方が、文章は楽に書ける。
それだけに「が」の誘惑は常に私たちから離れないのである。
清水幾太郎『論文の書き方』(故人)