・坂口安吾「堕落論」
戦前戦後の混沌期にデビュー。
睡眠薬と覚醒剤の多量摂取で神経科に入院。
最後は脳溢血で早世。その時僅か48歳。
これが坂口安吾である。
昭和21年に発表した「堕落論」は、衝撃的な今の時代も決して色あせることのない人間性を問う不朽の名作だ。
戦争に敗れた日本への警鐘か?
安吾が吼える人間の〝堕落〟
夏の太陽が照りつけるジリジリとした暑い夜にこれを読んで唸れ。
人間は変りはしない。
ただ人間へ戻ってきたのだ。
人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。
それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。
人間は生き、人間は堕ちる。
そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。
戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。
人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。
だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。
なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱(ぜいじゃく)であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。
人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるであろう。
だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。
そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。
堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。
(「堕落論」)
でも安吾には、きっと優しさがある。
19歳の夏に読んで以来、僕はそう信じている。