東京には幾つかの心霊スポットがあって、夏になると季節も高じて話題を事欠かさない。
ちょっと調べてみると、23区内だけでもざっと10箇所以上あり、何処の場所も、歴史的に哀しい出来事や恐ろしい惨事があったりした場所である。
詳細なエリアについては省くけれど、不思議なことに、そういった場所とは知らずとも、何やら穏便ではない空気が漂っていたりする。
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池袋にあったレゲエの箱〝キングストンクラブ〟、通称〝キングス〟が新宿のコマ劇場の横に移転して以降、すっかりレゲエ熱が冷めてしまった僕らは、何故か、その年の夏の出来事に心霊スポットを選んだりして猛暑をすごそうとしていた。
お金があんまりないので、ゲストで入れるクラブをはしごして、六本木・渋谷・新宿を車で徘徊し、女子をナンパしたり、ナンパに成功しなかったら深夜に営業しているラーメン屋で僕らの間で〝負けラーメン〟と呼ばれるラーメンを食べたりして過ごす日々。
ちなみに、なぜ〝負けラーメン〟って呼ばれるかというと、夜中のラーメン屋で若者男子のグループでラーメンを啜っているのは、だいたいがナンパして女子を見つけられなかった連中だからだ。
そしてそんな夜に啜るラーメンが案外旨かったりもする。
しかし、〝負けラーメン〟ばっかり食っていられない僕らは、考えあぐねた末、素敵なサムシングを求めて、何故か23区内にある心霊スポット巡りを敢行した。
時間にしておよそ深夜の3時ぐらい。
やることがないので渋谷区にある某トンネルを通ってみようというのが事のキッカケだ。
「トンネル近くでOLが逆ナン」 ムハー。
スーフリだって裸足で逃げ出すという僕らの妄想しているプランだ。
ところで、このトンネルは深夜タクシーが通りたがらないトンネルとして有名である。
行ってみると、期待とは裏腹に誰もいない。
どうやら深夜の3時に訪れる墓場にサムシングは絶対に存在しないようだ。
いるのは途方に暮れる我々。
そして、まっすぐに伸びるトンネルが実に不気味で恐ろしい。
明け方までワイワイと肝試しをして時間を潰した。
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このトンネル遊びを境にして、次の夜、各々が憶えているだけのスポットを思い出して、順番に行ってみることにした。
足立区やら港区やら品川区、新宿区にある心霊スポットを次々と訪れては、無謀にも「きっとお化けも一緒に写るんですよー」とかハシャいで、インスタントカメラでパシャパシャ写真を撮った。
そして、なんだかんだで遊びを充実した僕らは、お腹が空いたので、青山のクラブ〝Yellow〟近くの〝かおたんラーメン〟を食べようということになり、そこを目指して車を走らせた。
時間も遅いので、246号沿いになると後部座席に座っていたA君がウトウトした。
よくあることだ。
Jazzy JeffとかCypress Hillとかをガンガン流してるのにも関わらず、爆睡している。
かおたんラーメンに着いたのでA君を起こした。
A君は「あぁ~」とか「う~ん」とか寝ぼけて目を擦り、煙草に火をつけようとして、続けた。
「そういえばさ、なんか246沿いで鎧兜を着た連中が歩いてたじゃん、つか、あれ何だったんだろうね。あんな格好してたら捕まりそうじゃね?」
僕とKという友人はA君が何を言っているのか意味が分かんなかった。
246沿いで鎧兜を着た連中は、憶えている限り誰一人もいなかった。
「ちょ、A君さ、何言っちゃってんの。鎧兜の奴らとかって誰もいねぇって」
「そうだよ。普通に車走ってたんだって。なあ」
「ベルコモ近くでさ、女の子が3人いたからナンパしようかどうしようか相談したぐらいしかなかったって」
僕らは声を揃えて訊ねた。
「つか、鎧って何のこと?」
今度はA君がきょとんとする番だった。
「え・・。誰も見てないの、あれ。お、俺さ、中央分離帯のところで武士みたいな格好をした10人ぐらいの団体を見ちゃったんだよね。ガチャガチャと重たそうな時代劇に出てくる感じの鎧を纏った奴らが並んで歩いてたんだよ。しかも中央分離帯で」
A君が青ざめた。
「でさ、あまりのも普通に歩いているから『なんか変な格好している奴らが今日は歩いているもんだなぁ』って思って、また寝ちゃったんだ」
僕らも青ざめた。
A君が見たという場所は青山の246号沿いだ。
10年前ぐらいパイロンがあったあたり。
そう、ウェインディーズの正面の通りだ。
それから2日程、A君は謎の高熱を出して寝込んだ。
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その後も数え切れないくらいパイロン前あたりを通るたびに懲りずに目を凝らしたけれど、僕らは鎧兜らしき連中を見たことはない。
A君とも何度もそこを通った。でも誰も見なかった。
あの晩にA君が見た以外には。不思議な話だ。
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けど僕は思う。
A君はその夜の出来事やら条件やら色んなものが共鳴してしまって、非日常的な体験をし、僕らの世界には在りとしないものを見てしまったんじゃないだろうかと。
そして、そういう何かは、ちょっとした加減で見えてしまうんじゃないかなと。
カメラのピントが合うように、ラジオの周波数が合うように、感覚のどこかの軸が合ってしまい、普段は見えないものが見えてしまう。
誰もが必ず見えるとは限らないけれど、人や場所や時間によっては見えてしまう。
そういう見えない存在がこの広い世界の何処かにあるような気がした。
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なお、肝試しをして、すぐさまピンときた僕らは「心霊スポット巡り DE ドキドキツアー」を開催して、それからしばらくの間、女の子をナンパして結構な成功の日々を味わった。
肝試しは調子がいいことを発見した。
ゲーム方式で、男子女子の2人が組になってミステリーツアーを行えるあたりが、世界不思議発見まるごとハウマッチである。