コンビニエンスな恋が流行る世の中なのか、便利が一番という思想からモノの判別は「ウザイかウザくないか」だけで決定しちゃうスタンスか、最近だと男女がお付き合いするための鼻緒を結ぶのもほどくのも、全ての工程を電話とか面通しで行うのではなく、メールで済ましちゃうらしい。
ちょっと驚いたので、試しに知り合い3人に聞いてみると2人が「うん、そうだよ」と答えたので、やはり世の中の70%ほどの連中はメール派という計算になる。すごい時代だ。
考えてみると、僕自身も女子のハートをつかむために真剣にメールを送ったり、<センターに問い合わせ>したりして、届いたり届かなかったりする返信内容に一喜一憂するのだから、あながち使っていないとは言い切れない。だって、ラクだし。
ただ、いまさらな話を進めると、メールでの会話というのは字面だけどを追っかけるので、送った相手が思い込んでいる気持ちがそのまんま完パケで相手に届くとはかぎらないところに危険をはらんでいる。イージーなぶん、使いようによっちゃ誤爆しちゃうのである。
たとえば、
「西川口のキャバクラはいいよ」
というメールを送ったとすると、受け取った相手は、
「西川口のキャバクラは良いからお勧め」--Aタイプ
「西川口のキャバクラは良くないから拒否」 --Bタイプ
の2通りの解釈をすることになる。
恐ろしい話だ。夜の遊園地というのは男子のオアシスなんだから、ここは是が非とも真剣に考えなくちゃいけない場面だ。そういう時に紛らわしいメールは送っちゃイカンだろう。
ちなみにAタイプは「普段はあんまりキャバっていない人」でBタイプは「ピンク産業の最近の事情に明るい人」ということになる。どーでもいい話だが。
まあ、とにかく、メールの文章ってラクチンなようで、相手がちゃんと解釈しているかわかんないので意外と難しい。
ましてや、間違いようのない一言でも届かないことだってあるのだから。
僕の友人は「キャバ嬢にさー、いっつも『愛している』ってメール送ると『うん、ワタシも愛している』って返ってくるんだけど、全然会えなくて、たまに電話あるかと思えば『今日、同伴お願いしていい?』の一言だけなんだよねぇ」とボヤいていた。
それを聞いていた自分は顔で笑って心で泣いて、ふと思った。
もはやこの『愛している』には、何の効き目もないし、何も期待ができないんじゃないかと。
これは、もう、近所のオッサンオバサンと交わす「今日もよく晴れましたねぇ」とか「なんだかすっかり冬めいてきちゃって」という季節の会話みたいなもんである。
愛のバーゲンセール。会話のジャブ打ち。
ブラジャーのホックを外すのにあと3年掛かりそうな台詞である。
そして、こういう時のメールは、送るほうもラクチン気分で鯛を釣ろうとして、スイートを味わおうとしているから、結局、それ相応のぼた餅しか得られないという図式になる。ローリスク、ローリターンだ。
僕が友人にそう説明すると、眉間に皺を寄せて深い洞察を重ねたと思いきや、フル笑顔で「うん、わかった・・・ それじゃあ、俺、あの子にさっそく年賀状書いてみるよ!」と言ったので、とりあえず殴っといた。