海外に輸出されていないローカルなテキーラや蛇を漬けたテキーラなど、トルティーヤを売っているボロボロの屋台ですらボトルを並べていたのには驚かされた。
さっぱりした飲み口のソルというビールにライムと塩を入れて飲みつつ身振り手振りでタコスを注文する。ソンブレロとよばれる幅広い帽子をかぶった屋台のおっちゃんが「テキーラもどうだ?」と目配せしつつそぞろと瓶をかざす。きっと全部試していたら今頃メキシコに沈没していただろうと思う。日本における日本酒と同じ扱いで、銘柄があり、テイストがあり、歴史があるのだろう。
その旅で唯一残念だったのは、帰りのロス発の飛行機が決まってしまっていたことだ。メキシコの国境からそれほど離れていないエリアまでしか足を伸ばすことができなかったのである。
少しでも南へと思い、できるだけ国境を離れる努力をした。
ティハナと呼ばれる国境の町からおんぼろの相乗りバスに揺られると、やがてロサリートというビーチに着く。幾つかホテルが並んでいるうち、一番ネーミングが気に入ったホテルに泊まった。Los Pelicanos、日本語でペリカンホテル。愛嬌のある名前が好印象だった。
ペリカンホテルは中級クラスのホテルで(専用のプライベートビーチがあって、プール並のスパがある)、値段はけっこう高かったが、オフシーズンだったので、インド仕込の交渉で大幅に値引きして拠点にした。メキシコは乾燥しているから海沿いでも湿ったりベトついたりしない。気温が35度に達しても朝晩は冷え込むのだ。
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朝目覚めると、屋上レストランではストーブの薪に火をくべて暖を取っていた。実際にそれぐらい寒い。ストーブの上には何年も使い込まれているといった様子の、煤けた薬缶に入った炭火焼珈琲が常に温めてあり、ピリ辛のナチョスと豆料理の朝食の後に飲む黒砂糖とシナモンが溶かしていある風味豊かな一杯は、格別だった。メキシコ人はみんなカフェ・デ・オージャと呼んでいた。大鍋で煮出すメキシコならではの珈琲らしい。
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プライベートビーチから少し離れた浜辺では、宿に泊まらないキャンパー達が焚き火をしながらテキーラを飲み、夜を明かしていた。あまりにもざっくばらんなスタイルでテントを張っているので、初老のキャンパーにふと尋ねてみた。
「こんなところでテントを張って夜を過ごしたら危険じゃないのかい」と。
彼はそんな心配なんてしたこともないという仕草で目を細めてしゃがれた声で答えた。
「危険かどうかって?ここには心配な出来事は何もないだろう。夜中に酔っ払った誰かが騒ぐことはあってもその程度じゃ。流木に火をくべてテキーラを飲み、朝を迎える。それだけじゃ。だってここはメキシコだからな」
彼はもう一度繰り返した。
「だってここはメキシコだからな」
日が暮れてペリカンホテルの屋上レストランでマリアッチの演奏を聴きながら眺めていると、まるでそれは遠い母国で見たかがり火のようで、何とも不思議な気分だった。