先日、別フロアで勤務している社員が派遣社員の子を忘年会に誘っていた。
イベントらしいイベントの企画は、不特定多数が同時に情報を共有できる利便性の高いメールを通じて練られていくので、ちょっと珍しい光景だった。しかも、エレベーター脇だったので会話が筒抜けなのである。
聞いちゃ悪いなと思うにも、エレベーターが到着するまで聞こえてしまう始末だ。
社♂「それじゃさ、みんな遅いらしいから二人で始めちゃおっか」
派♀「え、二人だけですか。そうですね、忘年会しちゃいましょうか」
社員はセンター街で悪いことをしていそうな若者と同じ顔をしていた。
それは忘年会という名の・・・、と言い掛けたけれど、部下でも上司でも同僚でもないので、スカウターに反応しない戦闘力を消したサイヤ人よろしくやり過ごした。
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今週の月曜、友人達と四谷の「こうや」で忘年会をし、旨すぎる台湾料理をガツガツ食べて、紹興酒をグビグビ飲み、特製ワンタンメンで締め、23時を過ぎたところでその夜が月曜であったことを激しく呪った。
酩酊している帰り道で、サイコロ先生のことを思い出した。
サイコロ先生は大学時代の知り合いで、さっきの社員のように女子を誘い込み、二人っきりで忘年会を開催する人だ。1週間に9回合コンを企画する人でもあった。
僕も何度かサイコロ先生が企画する、粒ぞろいの合コンに甘えさせてもらったりした。サイコロ先生のイベントには彼が練り上げたシナリオが用意してあって、その脚本どおりに進行するのが特徴である。
しかも女子のテンションや反応に応じて、メガホン片手に巧みに演出を加減する姿は<合コン会のクロサワ>と呼ばれてもおかしくなかった。
そのシナリオは、千パターンぐらいあるんじゃないかっていう充実っぷりだったけれど、どのシナリオにも中盤に必ずサイコロゲームが登場した。
「何が出るかな、何が出るかな、チャララチャラララチャララ♪」である。
それゆえに僕の中でサイコロ先生と命名されていた。
宴もたけなわ、先生が叫ぶ。サイコロゲームスタートー!
うひょー!と、僕らがアンパン吸いすぎちゃった工業高校の生徒みたいに雄たけびをあげる。
サイコロタイムがやってくると、先生はポケットからひとつのサイコロとボールペンを出して、テーブルに添えてあるティッシュに1から6までの数字を書き並べた。もちろん、数字の横にはこれから割り振られるお題目が書かれる予定だ。
しかし、そこは合コンの席である。怖かった話、略して<こわばなー>とかいう眠たいお題は皆無で、ほとんどがこんなのであった。
「やってしまった友達、略して<やりともー>」
サイコロ先生がそう言った後に必ず僕らが「いいともー」って合いの手をかますのが通常だった。
もちろん女子は凍てついた顔をしていた。僕らはサイコロをどんどん振った。
果たしてこのサイコロタイムがその晩の成り行きにどれだけ影響を及ぼしたのかは実際には怪しいところであった。とあるお題で女子が「わ、私、そんなの言えない!」とカムアウトを拒んで泣いてしまい、お開きになった記憶さえある。
でも、サイコロ先生は絶対にこのメニューだけは盛り込むし、ミスを許さない仕事人でもあった。そこには1週間に9回合コンした男だけが知る、ゆるぎない自信があったのだろう。
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ある時の週末、サイコロ先生の真似をしてみようと、サイコロを用意して合コンに挑んだことがある。
前日に学校を休んで、原宿のキディランドにまでわざわざ足を運んで、サイコロを選んだのだ。
さらなる楽しい場面が待ち構えているかもしれないので、ぬかりないようブラックライトで光るサイコロを選択する俺は鋭いなぁなんて自分で自分を褒めた。
光るからなのか、サイコロのくせに800円ぐらいした。
そして土曜日、縦落ちが自慢のヴィンテージなジーンズをキメて合コンに参戦した僕は、いつも先生がする通りにサイコロゲームスタートー!と叫び、やはり友人達が、うひょー!と工業高校の生徒みたいに雄たけびをあげた。
そしてポケットに手を突っ込みサイコロを取り出そうとした瞬間、女子が凍てつく前に凍死しかけた。
縦落ちが自慢のヴィンテージなジーンズのポケットには穴が空いていたことを忘れていたのである。サイコロはどこにもなかった。
「や、やっぱし、王様ゲーム・・・」
とたんに、誰かの一周忌みたいな雰囲気に染まった。
そして改めて偉大なるサイコロ先生に敬意を払った夜であった。